逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る

 だが、ここで不用意なことを言って、また避けられても困る。
 聞きたいことは山ほどあるが、この場で質問攻めにするのはよくないだろう。まずは彼女を怖がらせないように緊張をほどいて、優しく接さなければ。
 彼女はとても繊細な女性なのだから。

「君の名前を教えてほしい」
「な、名乗るほどの者ではございません」

 君のことはもう調べ尽くしたというのに、この期に及んでまだ逃げ切れると思っているのだろうか。前までの俺だったら確実に鼻で笑っていただろうが、不思議と彼女にはそういう気持ちは湧いてこない。
 彼女とこうして喋れるだけでも嬉しいと感じる自分がいた。
 とはいえ、異性にこれほど距離を置かれるのは新鮮だ。不安げにそわそわと目を泳がせていることから、隙あらば逃げようとしているのが丸わかりだ。

(まるで警戒した子猫のような反応だな)

 そう思うと、自然と口元がほころんだ。
 慎重に俺の反応を探る彼女に、できるだけ威圧を与えないように説明する。

「君は当家の園遊会に来ていた。ということは、子爵家以上の家柄の娘だろう。公爵家の人間と仲良くすることは、君の家にとってもいいことのはずだが?」
「…………」
「あの日、招待者の中で、挨拶を交わさなかった相手が一人だけいる」

 俺の言葉の先がわかったのだろう。
 ぴくりと彼女の手が震えたことに気づいたが、あえて続きを口にした。