友人になってからというもの、月に一度、ジュードが訪問してくるようになった。
 毎回、花やお菓子、書籍などを選んで持ってきてくれる。そして、エステリーゼの好みのものがあると、それはそれは嬉しそうに笑って。
 そんな関係が十二年間、続いた。

「エステリーゼ、どうか俺の求婚を受けてくれ。頼む!」
「ひ、ひゃああああっ」
「俺の何が不服か、教えてくれ。君好みに生まれ変わってみせるから!」

 帰宅途中に背後から大声をかけられて、迷惑に思うなというほうが無理な注文だ。
 とっくに求婚の話は忘れていたと思っていたのに、ここ最近になってエステリーゼの行くところに突然出没し、熱心に迫ってくる。
 王立学園の前でも待ち伏せすることも珍しくなくなってきて、今や学園中の噂になっている。本当に可及的速やかにやめていただきたい。
 エステリーゼはため息をついて、冷たい声で突き放す。
 
「別に変わってもらわなくてもいいです。ジュードには他のご令嬢がお似合いです。だからこんな小娘のことなど、一刻も早く忘れてください」
「俺は! 他の誰でもなく! 君がいいんだ!」
「そ、そんなことを大声で叫ばないでください……! わ、わたくしは……婚約はいたしません!」

 その先にあるのは、幸せばかりじゃない。それは断言できる。
 どこで頭をぶつけたのかは知らないが、ジュードはジュードに他ならない。
 今でこそ、別人に変わったように見えるが、素に戻った彼はきっと記憶と同じものであろうことは想像に難くない。
 家族になったそのとき、今の貴公子然とした仮面が剥がれるに違いない。

(わたくしは……幸せな結婚生活がいいの! ジュード以外の人と恋をして、そして新たな人生を歩むんだから!)

 パタパタと走り、学園の中庭に出る。
 放課後のそこは閑散としており、お昼休みにはお弁当を広げる学生でにぎわう場所は今は静寂に包まれていた。
 だが後ろからバタバタと足音が近づいてきて、エステリーゼの腕をつかんだ。
 キッと振り向くと、そこには意気消沈したジュードの顔があった。

「エステリーゼは……俺のことが嫌いか?」
「嫌いか好きかといったら、好きではありません。ですから、この手を離してくださいませ」
「嫌だ。そうすれば、君は離れてしまうだろう」
「しつこい男は嫌われるんですよ。いい加減、目を覚ましてください。わたくしのような小娘を追いかけ回していて、恥ずかしいと思わないのですか?」

 次期公爵になることが決まっているジュードのもとには、数多くの縁談が持ち込まれていると聞く。

(よりどりみどりでしょうに、どうしてわたくしに固執するのかしら?)

 長い人生を共に歩く妻の座は、自分である必要はない。
 そのはずなのに、この男はどうしてだか、他の縁談をすべて断っている。
 ジュードはつかんでいた手の拘束をゆるめ、エステリーゼは少し距離を取った。その反応に傷ついたように、ジュードが目を伏せた。

「…………仕方ないだろう。俺が君を諦めてしまえば、他の男が君の夫になる。そんなのは耐えられない」
「どれだけわがままなのですか」
「君だけだ。こんなに振り回されるのは。俺は……君の笑顔をずっと近くで見たいんだ」
「――――」
「俺はあの笑顔を見たとき、恋に落ちた。君以外の女性には興味がない。俺は女性を褒めることが苦手だ。ドレスで着飾った君を綺麗だと思っていても、それを口にするのはなかなかに勇気が要る。そんな情けない俺だが、君だけは手放したくない。どうか俺を選んでくれ、エステリーゼ」