逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る

 いつまで経っても俺に気づかない彼女に焦れて、気づけば自分から声をかけていた。

「……こんなところで、何をしている?」

 誰かに見られているとは露ほども思わなかったのだろう。
 彼女はびくりと体を大きく震わせ、ゆっくりと振り向いた。俺の姿を映し出す檸檬色の瞳には、怯えがはっきりと見て取れた。
 相手を見下ろして声をかけるのは威圧的だったかもしれないと自分の行いを恥じ、芝生に片膝をつく。目線を合わせ、できるだけ優しく問いかけた。

「皆のところへは行かないのか?」

 初めて見る顔だが、整った顔立ちをしているし、デザインは質素だがドレス生地はいいものを使っている。やはり、どこかの貴族の娘と見て間違いないだろう。

「あ……えっと……」
「…………?」

 目を白黒させて必死に言葉を探す様子は、こちらが申し訳なくなるほど狼狽していた。

(ひょっとして……人と話すのが苦手なタイプか? だからこんな茂みで隠れていたのか?)

 令嬢は誰もが皆、噂話が好きなタイプばかりではない。
 小心者で自分から声をかけられない令嬢や、会話が不得手で微笑だけを浮かべて滅多に喋らない令嬢も少数だがいる。彼女もそうした珍しいタイプなのかもしれない。

「か……かくれんぼをしておりますの」
「かくれんぼ?」
「誰にも見つからないよう、隠れていますの。だから、ここで見たことは誰にも言わないでくださいませ」