逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る

 シャンデリアの下でも映えるよう濃いめに化粧された彼女は艶やかで、昼間の雰囲気とはまるで違う。イブニングドレスで肌の露出が増えているのも大きいが、髪を結い上げた姿は別人のように思えて落ち着かない。
 彼女が着飾るのは、俺を喜ばすためではないことぐらい、わかっている。だがデビュタントして大人の仲間入りを果たしたエステリーゼはいつだって美しく、直視できない。
 彼女の美貌の前では、どんな立派な宝石も見劣りしてしまうに違いない。

「…………」
「…………」

 馬車で彼女の正面に座ることは緊張の連続で、俺は彼女の機嫌を損ねないように口をずっと噤んでいた。この厄介な口は一度開くと、本音と違うことばかり吐き出すからだ。
 目的地に着いたのだろう。石畳を走る馬車がゆっくり速度を落として停まったので、俺が先に降りる。馭者が用意した踏み台に片足を載せ、馬車の中で待つエステリーゼに手を差し出した。
 彼女のために俺がすることで、エステリーゼが頬を染めることはまずない。
 おそらく、すべて婚約者の義務からの行動だと思っているのだろう。その証拠に、檸檬色の瞳は感情を無にしたように冷たい。
 俺は細心の注意を払い、彼女の小さく華奢な手をそっと取る。

(緊張しているのはいつも俺だけだ。婚約者として長く一緒にいるのに、俺は片思いをしているわけか……)