逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る

 一度もこちらを振り返ることもなく馬車に乗り込む後ろ姿を見て、彼女の怒りをひしひしと感じた。結局、俺は何も弁解もできずに去っていく馬車を無言で見送ることしかできなかった。

 ◆◇◆

 彼女と婚約して早五年。
 その後もエステリーゼと会う機会は何度もあったが、毎回俺は後悔するような言動ばかり繰り返していた。その愚かな行動は、もはや不器用という言葉で片付けられる程度を超えている。
 そのため、婚約者との関係は改善するどころか、悪化の一途を辿っている。巷で俺は「婚約者に冷たい男」と囁かれているらしい。当然の結果だ。
 かつて公爵家の婚約者という地位を求めて群がってきた令嬢が疎ましく、横柄な態度を取り続けていたことが裏目に出て、今も婚約者にひどい言葉を浴びせているのだから。
 公爵家の厳しいマナー教育の成果もあり、俺は他の令嬢には微笑んで紳士的に振る舞うことも自然にできるようになっていた。最初こそぎこちなかったものの、淑女に対する気遣いやエスコートもだいぶ板についてきた。
 けれど、その貴族らしい振る舞いは、エステリーゼの前で発揮されることはなかった。
 エステリーゼを前にすると緊張で息が詰まり、とっさに出てくるのは彼女をけなす言葉ばかりだった。これまで幾度となく謝罪しようとしたが、彼女の冷ややかな視線を向けられると、喉が詰まって何も言えなくなる。その繰り返しだった。