先生にぺこりと頭を下げた後、私は慌てて保健室から出た。

 樹くんは壁に背を付けて立っていた。

 まるで私を待っているかのように見えた。

 そして私が保健室の扉を閉めた瞬間、こう言った。


「帰らなくちゃいけなくなっちゃったね」


 少し悪そうに微笑んで樹くんは言った。

 悪戯っ子みたいな笑い方に見えて、ちょっとかわいいなと思ってしまった。


「あ……」

「じゃ、行こっか」


 行くなんて私は一言も言っていないのに、樹くんは当然のようにそう言ってすたすたと歩き始めた。 

 しかも、私の手を取って。

 ごく自然に、流れるように。

 ――えっ。

 私授業サボるの?

 ほとんど話したこともない樹くんと一緒に?

 なんでこうなったの?

 っていうか、なんで私樹くんと手を繋いでるの?

 一体これどういう状況なの?

 意味不明な現状に、頭の中がぐるぐると混乱する。

 だけど樹くんは、そんな私のことなど気にも留めず、ずんずん歩いていく。

 私は彼に引っ張られるように歩くしかなかった。

 ――拒否することだって、できたと思う。

 口下手で人見知りだけど、「行けません、ごめんなさい」くらいなら私だって頑張れば言える。

 でも、私がそうしなかったのは。

 何故か全然、嫌だと思わなかったから。

 そして、樹くんの冷たい手のひらが、なんだか心地よかったから。