「授業、始めるぞー……」



ふんっ。

碧のバカ。


私は数学の教科書を鞄から机の上に出す。

碧なんか、数学より可愛くない!

“王子様”とかファンの人たちに呼ばれているけど、ぜんぜん王子様じゃない!

むしろ、悪魔!

そう、悪魔だよ!


教科書を睨みつける私。



「岩倉さん」



隣から小さな声が聞こえる。

碧が私の名前を呼んでいる。


……なに、“岩倉さん”って。

昔は“陽菜ちゃん”って、私の後ろをついて歩いていたのに。


碧のバカっ。

私が無視をしていると、碧は諦めたのか、ため息をつく。


“王子様”でも、ため息はつくんだね。

そう、心の中で毒づいていると。



「陽菜……ちゃん」



碧の小さな小さな呟きが聞こえた。


今。

“陽菜ちゃん”って、呼んだよね?



「忘れたわけじゃないよ」



碧が私にだけ聞こえるような小さな声で言う。


高校2年生の秋。

岩倉 陽菜に、遅めの春が訪れました。