壬生狼の恋ー時を超えたふたりー

谷先生の顔は苦しみなど一切ない表情をしていた。

最期に何を思ったのだろうか、本当は誰に介錯をしてほしかったのか、谷先生が息を引き取った後はそれを知る由もなかった。

この日、私は敵ではない人を始めて殺めた。

頸動脈を切ったときの感覚は刀を通じて確かに伝わってきており、私は少しの間その場から動けなくなってしまった。

谷先生の血で私の刀はぬれていた。

早くこの血を拭わなければ刀が錆びてしまう、頭ではそうわかっているのに私は刀を振るうことができなかった。

ずっと立ちつくしている私のそばに斎藤先生が寄ってきてわたし私から刀を奪うとそれを力の限り何度か振るった。

そして自分の帯につけている手ぬぐいで飛ばしきれなかった血を拭うと、きれいになった刀を私の腰に戻した。

「杉崎、部屋に戻るぞ。」

斎藤先生は私に何を言うわけでもなくそう伝えると私の腕を引っ張り部屋へ連れ帰った。

その姿を見ていた他の隊士たちは私に気の毒そうな表情を浮かべて見守っていたが、私がそれに気がつくことはなかった。

介錯は精神に多大な負担を与えるものである。

人によっては介錯をしたことにより自分自身の心を壊してしまう。

きっと他の隊士はこう思ったのだろう。

杉崎はもう使い物にならない、と。