数日後、土方先生は他の隊士とともに蝦夷地へ旅立っていった。

残った私たちは斎藤先生の指揮のもと会津新選組と名乗り、新政府軍との戦いを続けていた。

しばらくは新政府軍と一進一退の攻防を続けていたのだがついにその戦いに終止符が打たれた。

如来堂と呼ばれるところで会津新選組は大敗したのだ。

ほとんどの隊士がそこで殉職し、生き残った隊士も皆新政府軍にとらわれた。

そして会津藩は新政府軍に完全降伏したのだった。

生き残った会津新選組の隊士は斎藤先生、私を含めた5人だけだった。

それ以外の隊士は皆新政府軍になすすべなくその命を如来堂で散らしていったのだった。