「これから社長が来るみたいですー」

「そうなの?」

手の()いた合間にお手洗いに立ち、戻ると受付的な業務を任されてるもう一人の女子社員、木村(ひかり)がチェアーごと寄せてあたしに耳打ちした。

二人のデスクは、オフィスと商談スペースの区切りも兼ねた横長のカウンター。セールス込みの来客の対応や電話応対がメインだ。

ちなみに会社は表向き、不動産売買・仲介。たぶん裏ではあれやこれや。駅近の通りに面した賃貸マンションの一階に、素知らぬ顔で『株式会社STD』の看板を掲げてる。もちろん社員は千倉の資金源だなんて正体を知らない。

パーティションで遮られた奥からは、電話でやり取りする男性社員の軽快な営業トークがだだ漏れてくる。紛れるように星がひそひそ続けた。

「専務の声が聞こえましたもん、『来るまでに片付けとけ』って!」

不定期に顔を出す社長の片腕役、江上(えがみ)さんは組でもそこそこの中堅なんだとか。お父さんの人選だったのかお兄なのかは知らないけど、志田と反りが合わないって噂も聞かない。

「千倉さん、お茶出しお願いします~。コワくて緊張しちゃうんですー」

「ハイハイ」

ハムスターぽい癒やし系な彼女に懇願され、苦笑い。気持ちは分かんなくもないわよ。無表情な社長と取っつきにくそうな専務を前にしたらね。