「料理長にショウのことは話してあるんだけどね。君のことは伏せておいたんだ。どこの誰から話が広まるかわからないし。君が『特別』だということは、僕だけが知っておけばいいでしょう?」
結局一週間もせずに完治したエドワード王子は、また早朝迎えに来るようになった。エドの顔はピーク時よりだいぶスッキリしている。風邪を引いたおかげで、また痩せたらしい。油断はできないけどね
だけどリバウンド防止のため。
今日からしつこい脂肪を燃焼させるため、散歩やジョギングの日々の再開だ。
だけどその前に――――
「殿下。そういうことはせめて親のいない場所で言ってもらえませんかな?」
私とエドとお父様。三人で小さなお墓を作っていた。それは、はたから見たらただの花壇にしか見えないだろう。生前彼女は好きだったという白と黄色の花は、あまり派手派手しくはないものの、とても可愛らしい。その茎葉に隠れるように、少し大きめの石を立てていた。名前を掘ることは出来ない。私が彼女として生きているから。
「お父様。今そんな些細なことに文句をつける場合ですか?」
「え? 私が悪いの?」
私はそんな二人を一瞥して、花壇の前にしゃがむ。そして両手を合わせて、目を閉じた。
「ねぇ、リイナ。何をしているの?」
「何って……拝んでいるんですよ。お身体お借りします。この世界で頑張りますって」
空気を読まない頭上からのエドの質問に答えると、エドも隣に屈んでくる。
「人前でやる前に教えておくと、墓前で手を合わせる風趣、ランデールではないからね。黙祷はするけど」
「え、そうなんですか?」
慌てて目を開けると、エドが「フフ」と笑った。
「でも、なんかそれいいね。僕もやってみよー」
目を閉じて、手を合わせる。彼女に何を告げているのか、何を祈っているのか、私はわからないけれど。
「……お父様はやらないんですか?」
私が見上げると、お父様は眉をしかめつつも微笑んだ。
「私は後にするよ。話したいことが山程あるからね」
ふと思う。私の前世の両親も、お墓の前で私にたくさん話しかけてくれているのだろうか。綺麗な花を持ってきてくれているのかな。ついでにお菓子も持ってきてそう。
だけど、ごめんね。私はそれを見ることすら出来ないや。
それでも――私は忘れないよ。いつも私に優しくしてくれたお父さんも。「女は度胸よ!」と発破かけてくれたお母さんも。
今度、手紙を書いてみよう。届くことはないけれど、魔法や精霊のいる世界だ。異世界転生があるのだから、手紙が世界を越える奇跡の一つや二つ、起きるかもしれない。
親に書くのだから、「僕には返事くれなかったくせに!」なんて嫉妬しないよね……と横目でエドを伺うと、彼は「よし」と立ち上がった。
「さて、これからどうやってリイナを育成していこうかなぁ。しっかり計画を立てて、僕なしでは生きられないようにしないとね」
「それはこっちの台詞です。リバウンドしにくい減量法かぁ……」
「うん、それももちろん頑張るよ。だって『いけめん』じゃないと約束を違えることになるしね」
「約束?」
私も立ち上がって首を傾げると、なぜかエドが私の顎に手を添えてくる。
「僕が『いけめん』になったら、キスしてくれる約束でしょ?」
ん? 妄想だと言い捨てたい所だけど、確かにそんな約束を一方的に……いつだっけ? お風呂の時か? ジョギングの時か? なんか常に口説かれすぎて、嫌ではないのだから早く流された方が心臓に優しい気すらしてきたのだけど。
それでも、保護者は本人よりも諦められないものらしい。
「殿下。そういった話は、あえて私の前でしているのですかな?」
「キャンベル公爵を『お義父さん』と呼ぶ日も、遠くないかもしれませんからね」
お父様の目がカッと開かれる。それでも嬉しそうにこっちを見てくる元白豚王子に、私がちょっとだけ後悔したのは、ここだけの話。
これから寒い季節が来るらしい。その中でも健気に咲く花は、とても可憐で、気高くて。
――ねぇ、リイナ。私はこれから、どんな花を咲かせようか?
嫉妬深い元白豚王子の育成もだけど、私自身もしっかりと私自身が育てなければ。
それは、王子の性癖が怖いからじゃない。
私が『リイナ=キャンベル』として彼女に恥じない自分になるため。
二人が揉めているのをよそに。
私は二人に愛されていた少女に、ひっそり計画の相談をした。
【完】