また季節が一つ移ろおうとしていた。暑さもだいぶ落ち着き、木々の緑が落ち着きを見せ始めている。開けた窓から吹く風はまだ冷たくないものの、いつも窓辺に遊びに来る小鳥が少し色褪せている気がした。

 あの日から、私は一度も城に行っていない。

 行けない。呼ばれていないから。迎えに来てくれないから。行く理由もない。あんな誤解されて、ショウに会おうとも思わない。というか、エドのいるすぐ側で会う勇気なんてない。

「お嬢様、殿下とはお会いにならないのですか?」

 家庭教師の授業が終わり、本を読む私にお茶を持ってきてくれたメイドさんが、眉をしかめている。それに私が何も答えられずにいると、メイドさんは言った。

「あくまで噂なのですが……殿下との婚約がなくなった、なんてことはないですよね?」

 私の胸がズキンと痛む。

 そんな申し出はまだ私の耳に入っていない。だけど、いつされてもおかしくない。
 彼は、私が浮気をしたと思っているのだから。

 そして、おそらく彼は私が『リイナ=キャンベル』でないと気付いているのだから。

 やっぱり私の言動がおかしかったのだろう。見た目だけの『リイナ=キャンベル』は、彼の寵愛を受けるに相応しくなかった。きっと、ただそれだけのこと。

「……まだ、私の耳には届いてないですね」

 私がそう告げると、メイドさんの顔がますます歪む。

「差し出がましいことを、申し訳ございません。あくまでそんな噂を耳にしただけで…
…ただ、申し訳ついでにこれだけは知っておいてください」

 視線を下げたメイドさんが、緩やかに微笑んだ。

「わたしは、近頃のリイナお嬢様が大好きでした。今もこうして本を読み、殿下のために勉強したりお洒落しようとしているお姿を、とても可愛らしく思っております」