「そういうことなら……すまなかった。僕も早計だった」

 溜飲を下げたエドが振り返ると、その間ずっと座り込んでいた兵士さんが目をキラキラさせていた。

「と、とんでもございません! むしろありがとうございました! みんなに自慢できます!」

 え? なんで? なんか話の展開おかしくない?

「そんな大袈裟な」

「いえいえ! エドワード王子に手合わせしていただいたと思えば……今日のことは一生忘れません!」

 いやいやいや。仮にも王子とはいえ、勘違いで投げ飛ばされて一生の思い出とか、どれだけ子白豚のファンなのよ。Mか? それとも超白豚好きか? 白豚マニアか?

「……ねぇ、リイナ。なんかすんごい顔しているけど、どうしたの?」

「理解しない方がいい性癖を覗いてしまった気がして」

 エドが明らかに疑問符を顔に浮かべると、説明し始めたのは兵士さんの方だった。

「リイナ様はご存知ないのですか? 王子は武芸の達人なんですよ?」

 その眼差しには興奮の色がありありと浮かんでいる。それはエドが「ちょっと」と制止させようとしても、止まらない。

「噂では、剣術を学んでいた幼少期の王子に想い人が、『武器なんて人殺しの道具だ』と言ったことがキッカケだとか。国内外問わず体術の師範を呼び、鍛錬に鍛錬を重ね……今ではあらゆる武芸家たちに一目置かれるようになったんですよ! リイナ様も安心ですね! 王子のそばにいれば、身の安全は保証されたと――――」

「――今度、ゆっくりと手合わせしてあげるから」

 コホンと咳払いして。エドが少し声を張って告げると、兵士はさらに目を輝かせた。

「ほ、本当ですか?」

「うん。だからとりあえず、この場はお暇させてもらえるかな。そして、今のことは決して他言しないこと。それが手合わせの条件でどう?」

「はい、わかりました! この命に懸けて、ここで見たことは二度と口にしません!」

「うん、宜しく」

 そしてエドは「それじゃあ、行こうか」と当たり前のように私の手を掴む。ズンズンと進みだした歩幅は、いつもより大きく。朝の散歩の時の、私の隣を歩くゆっくりすぎるペースとは大違いで。