なぁ、王子よ。寂しくて死ぬ動物としてウサギが有名だが、実際にウサギだってそんなことはないらしい。昔のドラマの台詞と突然死しやすい性質があいまって、そんなデマが広まったのだとか。

 まぁ、そんなウンチクはどうでもいいんだ。

 そんなことより問題なのは、

「だからと言って、なんで私がお喋り相手に付き合わないといけないんです?」7

 当然、大きなついたて越しで会話しているものの。

 やっぱり気配はするし、王子が動くたびにバチャバチャお湯の動く音がするし。王子が浴槽に向かう時にチラッと、裸の肉感のありすぎる背中が見えちゃったし。

 私が気まずさと気恥ずかしさに悶々としているにも関わらず、王子はいつも通りオドオドしていた。ていうか、こいつ緊張してようがしてまいが吃っているって、一周回って何かずるいな。

「だだ、だって……リイナは僕に『いけめん』になって欲しいんでしょう?」
「そうですけど……」
「僕、頑張るから……リイナのためなら、何だってしてみせるから……だから、頑張るための勇気をちょうだい?」

 ……うん。なんか殊勝なことを言っているとは思うんだけど、何だろう。だったらお風呂くらい一人で入ってくださいよ。

 一応二人きりというわけでなく、介助のメイドさんや護衛兵がいる以上、下手に罵倒するわけにもいかず。

 私はため息ついて(これくらいは許してくれるよね?)、話題を変えることにした。

「そういえばエドワード様。無臭の天然油に心当たりはありませんか?」

「油……? リリリ、リイナが料理作ってくれるの?」

 なんかすごく喜んでいるような声音が返ってくるものの、残念ながら、病院ぐらしの長かった私に料理経験はない。

「そうではなくて」

「そうじゃないんだ……」

 あからさまにションボリした王子はさておき、私は前々から悩んでいたのだ。

「清潔にした後に、保湿をしてほしいんですよ」

「保湿?」

 あくまで雑誌情報だが――『お風呂上がりのひと手間が明日の美肌を作る☆』という記事を見たことがある。どうやら、一分足らずで肌の水分が蒸発してしまうというのだ。なので、『すぐに化粧水などで保湿するべし!』ということで、今季おすすめの化粧水が載っていたのだけど。

 そう、この中世ヨーロッパ的なファンタジーの世界で、今まで化粧水というものを見たことがない。一応おしろい(らしきもの)や口紅(ぽいもの)はあるようだが、シャンプーですら見たことがなく、泡立ちの悪い石鹸が辛うじて貴族に広まっている程度のお風呂事情なのだ。