*****花住 智音
2年生、5月。
GW明けの暖かく優しい日差しが気持ちいいこの日、いつもお弁当を一緒に食べている香織ちゃんが風邪で休んでいたので、私は一人で屋上にいました。
広い屋上をぐるりと囲んだフェンスには「危険! もたれるな!」のプレートが貼ってあるにも関わらず、何人かの生徒はそれを背にして談笑しています。
けれど普段から、何人かの仲のいい友達数人と以外話すことなどめったにない私は、わざわざそれを注意しに行ったりなどしませんし、今日は香織ちゃんが欠席している事以外はいつもと全く変わらない日常なのです。何か起こるような気もしません。
屋上から中庭を見下ろし、花壇の傍に立てられたアウトドアクロックで時間を確認すれば、昼休みはまだ30分以上残っています。食後の眠気に誘われ、私はその誘惑を受け入れる事にしました。なんといっても5限目は世界史の授業なのです。好きな科目ではありますが、こんな状態では起きようと思っていても眠ってしまうかもしれません。
予鈴で起きなかった場合に備え、スマートフォンでアラームを設定し、それを手に持ったまま、私は屋上の隅で膝を抱えるようなポーズで仮眠をとるため、目をそっと閉じました。
「花住さん」
日光に温められたブレザーが、いつの間にか少し熱いと思うくらいの熱を持っている事に気が付くと同時に、私は自分が名前を呼ばれているのだという事にも気が付きました。
「はっ、はい!」
覚醒しきっていない頭のまま反射的に顔を上げると、そこには古道くんともう一人の男子生徒が立っていて、古道くんはしゃがんで私の顔を覗き込むようにしています。他の生徒の姿は見えませんが今一体何時――……いえ、それにしても!
顔が、近い!
「えっ、こ……こど、えっ!?」
「どうしたの? 具合悪い?」
どうやら、体育座り状態で沈黙している私を見かけ、心配で声をかけてくれていたようでした。恥ずかしい……。
「いえっ! あの、違うんですこれはっ! 仮眠をとっていただけでしてっ」
慌てて立ち上がった途端、世界がスゥッと暗闇に呑まれたような錯覚に陥ります。ああ、この感覚は知っています。立ち眩みです。特に珍しくもない、よくある現象です。
けれど、踏ん張ろうとして力を入れた足もカクンと膝を折って、このまま地べたにしりもちをつくだろうと覚悟した時、私の身体は何か弾力のある網目状の物に当たりました。
そして、ガシャンと音が鈴を鳴らすように周りに鳴り響き、その中に私は「バキリ」という音を聞きました。
状況を本能的に悟り頭から血の気が引ける感覚と、浮遊感。
フェンスに、ぶつかって――……そのまま、留め具が、壊れ……
次の瞬間、腕がちぎれそうなもの凄い力で私の腕が引き寄せられ、硬い地面の上に再び足がついたのがわかりました。そのまま強く引き戻された勢いで衝撃と共に屋上に倒れこみますが、そこは硬くなく、人を下敷きにしたような感覚がします。
「大丈夫!?」
古道くんの声が、まだ視界が明滅してクラクラしている私の耳に飛び込んでくる。
それは私の頭上からで、私の下からではありませんでした。
「う……」
声を出そうとした私と同時に、古道くんとは別の男子の声が、うめき声をあげたのを間近で感じ……そうだ、古道くんと一緒にいたあの男子が助けてくれたんだと私は理解しました。
けれど
おかしいことがあります。
いつの間にか私には胸部や腹部を圧迫される感覚があるのです。
そしてもう一つ。
目を開けて、まだチカチカする視界の中、目の前で私の顔を青空を背にして覗き込んでいるその人物は――……
私、花住 智音自身だったのです。
2年生、5月。
GW明けの暖かく優しい日差しが気持ちいいこの日、いつもお弁当を一緒に食べている香織ちゃんが風邪で休んでいたので、私は一人で屋上にいました。
広い屋上をぐるりと囲んだフェンスには「危険! もたれるな!」のプレートが貼ってあるにも関わらず、何人かの生徒はそれを背にして談笑しています。
けれど普段から、何人かの仲のいい友達数人と以外話すことなどめったにない私は、わざわざそれを注意しに行ったりなどしませんし、今日は香織ちゃんが欠席している事以外はいつもと全く変わらない日常なのです。何か起こるような気もしません。
屋上から中庭を見下ろし、花壇の傍に立てられたアウトドアクロックで時間を確認すれば、昼休みはまだ30分以上残っています。食後の眠気に誘われ、私はその誘惑を受け入れる事にしました。なんといっても5限目は世界史の授業なのです。好きな科目ではありますが、こんな状態では起きようと思っていても眠ってしまうかもしれません。
予鈴で起きなかった場合に備え、スマートフォンでアラームを設定し、それを手に持ったまま、私は屋上の隅で膝を抱えるようなポーズで仮眠をとるため、目をそっと閉じました。
「花住さん」
日光に温められたブレザーが、いつの間にか少し熱いと思うくらいの熱を持っている事に気が付くと同時に、私は自分が名前を呼ばれているのだという事にも気が付きました。
「はっ、はい!」
覚醒しきっていない頭のまま反射的に顔を上げると、そこには古道くんともう一人の男子生徒が立っていて、古道くんはしゃがんで私の顔を覗き込むようにしています。他の生徒の姿は見えませんが今一体何時――……いえ、それにしても!
顔が、近い!
「えっ、こ……こど、えっ!?」
「どうしたの? 具合悪い?」
どうやら、体育座り状態で沈黙している私を見かけ、心配で声をかけてくれていたようでした。恥ずかしい……。
「いえっ! あの、違うんですこれはっ! 仮眠をとっていただけでしてっ」
慌てて立ち上がった途端、世界がスゥッと暗闇に呑まれたような錯覚に陥ります。ああ、この感覚は知っています。立ち眩みです。特に珍しくもない、よくある現象です。
けれど、踏ん張ろうとして力を入れた足もカクンと膝を折って、このまま地べたにしりもちをつくだろうと覚悟した時、私の身体は何か弾力のある網目状の物に当たりました。
そして、ガシャンと音が鈴を鳴らすように周りに鳴り響き、その中に私は「バキリ」という音を聞きました。
状況を本能的に悟り頭から血の気が引ける感覚と、浮遊感。
フェンスに、ぶつかって――……そのまま、留め具が、壊れ……
次の瞬間、腕がちぎれそうなもの凄い力で私の腕が引き寄せられ、硬い地面の上に再び足がついたのがわかりました。そのまま強く引き戻された勢いで衝撃と共に屋上に倒れこみますが、そこは硬くなく、人を下敷きにしたような感覚がします。
「大丈夫!?」
古道くんの声が、まだ視界が明滅してクラクラしている私の耳に飛び込んでくる。
それは私の頭上からで、私の下からではありませんでした。
「う……」
声を出そうとした私と同時に、古道くんとは別の男子の声が、うめき声をあげたのを間近で感じ……そうだ、古道くんと一緒にいたあの男子が助けてくれたんだと私は理解しました。
けれど
おかしいことがあります。
いつの間にか私には胸部や腹部を圧迫される感覚があるのです。
そしてもう一つ。
目を開けて、まだチカチカする視界の中、目の前で私の顔を青空を背にして覗き込んでいるその人物は――……
私、花住 智音自身だったのです。