「…待った?」
大きな木の扉を開けた先には既に、零夜が待っていた。

ほら、零夜はあんなことがあっても余裕そうだ。だからあのキスに深い意味はなかったのかもしれない。

シンプルな白のパーカーにスキニーの黒ズボン、黒のスニーカー。

とてもシンプルな服装なのに、ここまでかっこよく見える人なんて零夜の他にいないだろう。

「…華月、可愛いな…」
私の方をじっと見つめながら、零夜は呟く。
零夜の顔が赤いと思うのは、私だけだろうか?

珍しく髪を巻き、花柄のワンピースを着た。
普段特攻服を着ている私からしたら、想像できない格好だろう。

「パンケーキ屋さんに行くなら、デートを装わないと!」なんて言ったけど、零夜との久しぶりの外出に気分が舞い上がっているだけ、と言われたらそれまでだ。

「…ふーん。じゃあ行こうぜ。」
そこからはこれからの作戦とか、学校であったこととか、涼介や健人のことなど、普段通りの会話をして、パンケーキ屋にたどり着いた。



「メープルフルーツパンケーキ、クリームなしでお願いします。零夜は?」

「…ホットコーヒーで。」


「…え、零夜コーヒーだけ?ここに何しに来たの?なんでパンケーキ食べないの?」
わざわざパンケーキ屋さんに来てパンケーキを食べないなんて信じられない。

「俺、甘いもの好きじゃねぇ。華月の一口貰えれば十分。」
なぜ貰える前提になっているのだろうか?と突っ込みたかったけれど、胸の中に留めておこう。



「わかった、私が食べられなかったから苦手だけど連れてきてくれたんだね。今度は零夜の好きなお店行こう。」
こうやって呼吸をするかのように気遣いができる零夜は素晴らしいと思う。

「じゃあ次は唐揚げ定食だな、決まり!」
無邪気な笑顔を私に向けてくる零夜。
この笑顔の破壊力は抜群だ。

「…それより華月。こないだから健人のこと褒めすぎじゃねぇ?」
コーヒーを片手に不機嫌そうに語る零夜。

どこに零夜が不機嫌になる要素があるのだろうか?

「そう?健人の自己肯定感の低さは異常だからね〜、正常に戻してあげようと思って。

それに健人がいい人でかっこいいのは事実だと思うんだけど。」

甘さ控えめなメープル味のパンケーキを頬張りながら、私は零夜に返事をした。

「いやそれは俺も分かるけど、未来の夫としては少し複雑な気持ちなんだけど。」

「は?どういうこと?今結婚の話関係ある?」

「…いや、まあ、それは……とにかく!あんまり他の男褒めるな、妬ける。」

突然こんな爆弾発言をしてくるものだから、思わずパンケーキを吹き出すところだった。

「………。」

「おい!そこで黙るなよ、冗談だろ、冗談!」

「ちょっと反応に困るからそういう冗談はやめてよね!」

こうやって誤魔化してみるけれど、私は気付いている。

きっと、私たちのこの関係は長く続かない。