ところで、人に約束させておいて自分が集合に遅れそうになっていることに気づいたので、今から駅に向かおうと思う。


最初は特攻服にでも着替えようかと思ったけれど、さすがに飯田くんのご両親もいるのにあの格好をしたら一切の信用を失いそうだからやめておこう。

校門前に行くと、大きなスーツケースとダンボールを持った人が3人ほどいる。

最初に気付いたのは飯田くんのお母さんだった。

「………Hello?」
突然そんなことを言い出すものだから私は思わず吹き出してしまった。

「……あのっ、私…日本語喋れます…っふふ…というか普段日本語しか話さないですけど。」

「お母さん、この人クラスメイトの桐ヶ谷さん。

お母さんが外国人なだけで、日本語はペラペラだよ。」飯田くんは慌ててお母さんに説明をしている。

「…こんにちは、飯田くんのクラスメイトの桐ヶ谷と申します。

突然変なことを言って申し訳ありませんが、私に付いてきていただけますか?」

「…はい…?」どこに連れていかれるのだろうと、三人は不安そうな顔をしている。

「……ここは、れ、れ、麗龍の屋敷……」

飯田くんはついに震えだしてしまった。

やはり麗龍の屋敷の存在というのは地域中に広まっているようだった。
通りでこの近くで人を見ないわけだ。

「…桐ヶ谷さん、危ないですよこんなとこに近づいたら。
ここは、暴力団の家ですよ。」
お母さんまでそんなことを言い出している。

「…ここ、私の家なんです。どうぞ。」
そう言って門を開け、後ろを振り返ると、口をぽっかりと開けている三人が見えた。

「…え、桐ヶ谷さん、暴力団に所属して…?なわけないか、え、変な男に捕まって逃げられない…とか?」

飯田くんは驚きのあまりありえない想像を繰り広げている。

「桐ヶ谷さん、だったっけ、冗談はよしなさい。」

飯田くんのお父さんにもこう言われてしまった。若干怒っているようにも見受けられた。

『あ、総長!おかえりなさい!』

『組長!ちょっと後でお話があるのですが…』

『組長!部屋の片付け終わりました!』

『総長〜、勉強教えて…』
私が家に帰ってきたと知るや否や、組員達が続々と話しかけてくる。

「……そ、そ、総長?組長?」
飯田くんの顔はついに真っ青になった。血の気がない。

「飯田くん、飯田くんのお母さん、お父さん。

見ての通り、私は暴走族麗龍の総長であり麗龍組の組長、桐ヶ谷華月です。そして、ここがうちの屋敷です。」

「……どうして私たちをここに?」

お母さんはかなり困惑しているようだった。それもそのはずだ、突然こんなところに連れてこられたんだから。

「失礼なのは承知の上で、色々と家の事情を調べさせていただきました。

最近飯田くんの元気がない理由を知ったので、助けになりたいと思いました。お父さん、お母さんの言う通り、うちは暴力団、暴走族の家系です。

世間一般的にはそういうことになっているでしょう。しかし、私たちは法を犯したことは一切ありません。私たちは暴走族や暴力団を地域から無くすために存在しているので。

このような環境でもよろしければ、うちに住み込みで働きませんか?」

「……」

三人とも情報が多すぎたのか、完全に思考停止している。

「…飯田くんは月六万円。お父さん、お母さんは月三十万円。

家賃などはもちろんありませんし、食費も水道代も光熱費も全て麗龍が負担します。この条件でよろしければ、パティシエとしてうちで働いていただけませんか?」

「…桐ヶ谷さん…。俺、働く。お母さんも父さんも働こうよ。一緒に。」

「でも健人、ここがどこか分かっているの?」

「桐ヶ谷さんはね、唯一俺に話しかけてくれた人なんだよ。

最近臭いってみんなから嫌われてた俺に、話しかけてくれたのは桐ヶ谷さんだけだった。」

「…健人、お前そんなこと…」

「別にそこはいいんだ、気にしていない。

とにかく桐ヶ谷さんはすごくいい人だ。それに月三十万円ずつ貰えるなら二人で六十万、二年働けば一千万円は溜まる。

それなら、また仕事を再開できる。悪い話じゃないだろ?」


「…たしかに。そう言われるとそうね。」

「…そうだな。このままだと俺たち暮らしていけないもんな。

…桐ヶ谷さん、お世話になります。」
お父さんは深々と頭を下げた。

「そんなにかしこまらなくても…あ、じゃあ部屋まで案内しますね。」

「…琉弥〜!荷物運び手伝ってくれないか?」

「あ、総長!もちろんです!今行きます!」