闇の夜に咲く、一輪の華

次の日、屋上に向かっていた私は、階段でこんな声を聞いた。

「お前は分かってねぇんだよ。」
誰かの怒る声、喧嘩をしているのかもしれない。

「俺だって厳しい世界ってことぐらい知ってるよ。」
それに対して強く反論する声、やはり言い合いをしているに違いない。


「お前は認めない。」
この二人に何があったのかは知らないが、相当なことがあったのだろう、強い口調で言い合っている。

それにしてもこの人の声は零夜に似ている。
屋上で零夜と待ち合わせしていたし、もしかしたらこの声は零夜の声かもしれない。

「何でだよ!」

激しく言い争いをする声が近づいてくる。

ドアの隙間から言い争う二人が見えた。
間違いない、二人のうちの片方は零夜だ。

そしてもう一人は…同じクラスの萩谷?


「分からねぇのか?お前が大切だからだよ。」

「だったら俺を認めてくれよ。」

「だから!お前に傷ついて欲しくねぇんだよ。
お前が誰か大切な人を失う様子なんて見てられねぇよ。」


何事かと思った私は、すかさず屋上の扉を開けた。


「……桐ヶ谷?」萩谷が私に気づいた。


「華月……。」一歩遅れて零夜も私に気がつく。


「零夜どうしたの?」

妙に深刻そうな2人の表情を見て、私は問いかけた。
普段は仲が良さそうな二人の間に、ただならぬ気配を感じた。


「実は、どこから聞きつけたのか知らないけど、俺が陽影の総長だって知られちゃって…

んで、陽影に入りたいって言うんだ。
兄が青竜に殺られて、意識不明の重体らしくて。

一年以上目を覚まさないらしい。

それにしてもこいつをいれる気はねぇよ。華月も聞いてただろ?」

久しぶりに見る零夜の深刻そうな顔。
零夜と萩谷くんはずっと仲良さそうだった、だからこそショックなんだろう。

それにきっと萩谷くんは族に入るために、零夜に意図的に近づいたはずだ。

本当に友達だと思っていだからこそ、本当に友達だからこそその事実が何よりも辛いのかもしれない。

「なるほど、それで萩野くんは復讐したいってわけね?」


「…桐ヶ谷?なんでお前話を理解してんの…?」そう呟いた彼の顔は色を失っていた。

これはもう正体を明かすしかないと思った。そうしなければ、彼は止められない。私はそう察した。

そして私は胸元のボタンを一つ一つ外し始めた。


「…桐ヶ谷!?おま、お前何してんの?」

そして私は胸元のタトゥーを萩野くんに見せる。

「…桐ヶ谷、お前それ…どうして…」

萩野くんはとても動揺しているようだった。僅かに手が震えている。

クラスの女子がタトゥーを入れてるとは誰も思わないだろう。


「勘がいいから察してくれると思ったんだけどな。

俺は暴走族麗龍の22代目総長だ。」

理解してもらうために、殺気も出した。
ただならぬ私の様子に、驚いた萩野くんはこう口にした。

「え……。嘘だ……。」

「信じるか信じないかはお前次第だ。ただ、これだけは言っておく。裏の世界はそんなに甘くない。

誰かが死のうが構ってる暇などない。

自分が死んでもおかしくない。私はこれまで手で数え切れないほど家族や仲間を失った。

そんな環境にお前は耐えられるか?」

軽い気持ちで入って辞められるなら、今まで誰も失っていない。

「耐える。耐え抜いてみせる。

あの日、俺は決めたんだ。瑞希を傷付けた奴に復讐するって。だから独学で喧嘩も学んだ。勉強も頑張った。」

必死の目で訴える萩野くんの様子に、私も本気だと理解した。だが同時にその程度ではどうにもならないほど厳しい世界であることを分からせる必要があるとも判断した。


「そんな程度じゃとてもじゃないけど俺らの組には入れねぇよ。そもそも一般人が入っていい世界じゃない、世の中に背いて生きていくんだぞ、わかってるよな。

犯罪者扱いされても何も言い返せない、やることは法律スレスレ、胸張った生き方は諦めるしかねぇ。」

零夜は普段の優しさを一切消して、萩野くんに冷たく呟いた。

「お前に俺の気持ちなんてわかるわけないだろ!」途端に萩野くんの目の色が変わった。

分かる、私たちだって好きでこんなことをしているわけじゃない。
そういう家に生まれたから仕方なくやっているだけ。
別に好きで人を傷つけているわけじゃないし、好きで社会に背いて生きているわけじゃない。

私たちだって普通に高校に通って、大学に通って、就職して結婚してなんていう普通の人生を送りたかった。

でも叶わない。毎日、文字通り血が滲むような努力をして、数えきれない程の人を傷つけて、数え切れない程の傷ついた仲間を見て、数え切れない程の人を目の前で失った。

死のうと思ったことは何度もある、それぐらい毎日が辛くて辛くてしょうがない。

だから傷ついた人の気持ちは分かる、たとえ私が他の誰かを傷つけて生きていたとしても。

「わかる。分かるよ。私だって伯父さんも従兄弟も、それに……っ……。」

苦しい記憶を思い出し、言葉に詰まった私。噛み締めた唇からはほのかに血の味がする。

「華月、もういい。」私の肩に手を置き慰めるように背中をさすってくれる零夜。


「それでも、どうしてもというなら、いいだろう。俺に拳1発でも当てられたら認める。手加減はしないし、お前も女だからと遠慮するな。零夜いいよな?」

やれるものならやってみろ、実践あるのみだ。
今まで私に拳を当てられた人間は片腕で数えられるほどしかいない。どうせ無理だろうと今回も判断した。

「ああ、いいと思う。華月に拳を当てて証明して見せろ。」零夜もわかっているはずだ、零夜には劣っていても私に拳を当てることがどれほど難しいことか。


「それと涼介、普通よりも少し喧嘩が強いぐらいの実力ならやめておけ。真面目に死ぬぞ。」

零夜は忠告をする、確かにそうだ一般人と戦えば私が殺人罪で捕まりかねない。

「俺はそんなカスじゃない。」そう言い放った彼は、確かに普段とは違う気がした。