声も出せずに目を大きく開ける私に「ごめん!」と突然目の前に現れた人物はパチンっと両手を合わせた。

まるで親に怒られた子供みたいに必死な様子でぎゅっと目をつぶっているのが一橋リリカであることに気付き、私はその場で固まった。

どうして彼女がここに?私を追いかけてきた?それとも、ここで待っていた?

私の泣き声……聞いた?

「あたし、さっき余計なこと言ったよね。ごめん。マジで反省する!」

今度は綺麗に腰を折って私に頭を下げる。

彼女の長いベージュアッシュ色の髪がトイレの床に触れてしまわないかとひやひやする。

必死になって謝る彼女に面食らいながら私は答えた。

「違うよ。一橋さんのせいじゃないよ。それに、全然気にしてないから」

「……気にしてない?」

「うん」

「全然?それ、本当に?」

「……うん」

「いやいやいや、それはダメ。絶対ダメでしょ!」

彼女は突然顔を持ち上げて私にグイッと顔を近付けた。

「自分の親がつけてくれた名前を他人にとやかく言われたら、気にしないとダメだよ!」

「へ?」

「萌奈って、いい名前だよ。優しいイメージのもえもえにピッタリの名前だってあたしは思うよ!」

「う、うん……」

「ムカついたら言い返しちゃっていいんだって。人間みんな対等なんだから。ねっ!?」

それができるのはきっと、彼女だからだ。

この世の中には言える人間と言えない人間の二通りに分けられる。

彼女は前者で、私はもちろん、後者だ。

私は困ったように下を向いて苦笑いを浮かべた。