口は挟まなかったけれど、夢を語る彼に私は笑ってあげることができなかった。そうなんだ、と言うだけで、深く話を聞くこともしなかった。

 例えば結婚後年月を重ねて、良いところも悪いところも知り尽くした夫から、ある日脱サラしてパン屋を開きたいと言われたのなら、呆れながらも応援してあげられたかもしれない。けれどその時の私は彼に出会ってまだ三ヶ月、夢を追う彼を支えてあげようなんて気持ちには、全くなれなかった。

 この人と結婚はできないな、そう思った時に、私はエンジニアでサラリーマンの彼だから結婚を前提としたお付き合いをしたいと考えていたのであって、彼のことが好きなわけではないのだということに気づいてしまった。

 あの時、表情には出していないつもりだったけれど、私の気持ちはきっと彼にも伝わっていた。だから次第に彼からの連絡も来なくなり、私たちはそのまま終わったのだ。

 私は安定した家庭を築いていける人を探していて、彼はそれに当てはまらなかった。彼はきっと自分の夢についてきてくれる女性に出会いたくて、私はそれに当てはまらなかった。それだけだ。

 恋にも満たない、出会いと別れ。
 婚活市場なら、きっとよくある話。

 スノーボードにも、結局一緒にいけなかった。


「どうしたの?」

 ぼんやりテネシー・クーラーを見つめる私に夫が問う。

 夫は4つ年下で、夢より堅実さを選ぶ慎重な人。熊みたいに大柄なのに、情に熱くて涙脆く、困ったことがあると、普段は鋭い眼光が途端に弱々しくなる。可愛い人だと、私は思うし、あの時の彼とは何もかも違う、と思う。

 勿論、今の生活に不満など何もない。
 彼に対して未練もない。

 これは、ただの思い出話。

 私は、彼が今どこかで夢を叶えて、そばで支えてくれる女性と共に、幸せであるように願っている。