あの時私が笑ってあげていたら、今私の隣にいるのはあなただったのだろうか。

 五年も経った今になって感傷的な気分になったのは、彼とあの日一緒に飲んだテネシー・クーラーを、夫が家で作って差し出してくれたからだ。

 彼と過ごした日々は、期間にしたらたった3カ月、愛を育むにはあまりにも短いその日々を、けれど私は今でも愛しく思う。

 彼と出会ったのは所謂マッチングアプリで、今時珍しくもないネット婚活だった。

 アプリで何度かやりとりをして、一度会いませんかとなったあの日、小柄だけれど、整った鼻筋とタレ目の奥二重が優しい印象のあなたに、私は好印象を持っていた。あなたも私の少し厚みのある唇が好みだと言って照れていた。

 同い年で、仕事も分野は違えどお互いエンジニア、趣味がスノーボードというところまで一緒だったこともあって、私たちはすぐに意気投合した。

 ダーツバーに一緒に行って、慣れない私は上手な彼に手取り足取り教えてもらって、肩や指が触れ合う度にドキドキしたのを覚えている。

 冬になったら一緒にスノボに行こうね。きっと君は僕よりずっと上手いのだろうから、今度は僕に教えてね。そうやって素直に笑う彼を可愛いと感じた。

 二人とも、これはいいお付き合いが始まるかもしれないという予感を持っていたと思う。

 何度目かのデートでミュージックバーに連れて行ってもらった時、ジャズの生演奏を聴きながら、テネシー・クーラーで乾杯をした。

 きっとこのデートで正式にお付き合いが始まる、そんな雰囲気に、私はすっかり酔っていた。

 もうすぐシーズンが始まるから、そうしたら二人でスノボに行こう、新潟と群馬、どちらにしようか。楽しい冬の計画を立てた後、もう少し先の話も計画の話もしていい?そう言って彼は、今後についての希望を語った。

「実は、今の仕事を辞めて独立したいと思っているんだ」
「独立?」
「そう、昔から自分の店を持つのが夢でね。そろそろ動き出そうと思っていて」

 パン屋を開きたいんだ、という彼の瞳は少年のようにキラキラと輝いていた。それは本当に楽しそうに話すので、本気であることがよくわかる。わかるけれど、パン屋を、これから。