どうもぎこちのない挨拶だ。
部屋から出て早々、私が起きていて驚いたのだろうか。それにしては少々怯えすぎな気もする。


「華、その……」

「はい」


先輩は何やら、言い淀んでいた。彼らしくないな、と思いながらも続きを待つ。


「……聞いたか?」

「何をですか?」

「電話を」


よく分からないけれど、ともかく聞かれたくない内容を話していたようだ。
彼が電話だなんて珍しいとは思ったものの、流石の私だって努めて盗み聞きしてやろうと思うほど性根が腐っているわけではない。

心外だ、と胸の内だけに留めて、私は首を振る。


「起きてすぐに部屋から先輩出てきたので、何も聞いてないです」

「そうか」


私の答えに、彼はあからさまに安堵したようだった。

何とも言えない沈黙が流れる。
私はブランケットを掴んで掲げ、彼に視線を投げた。


「これ、ありがとうございます」

「ああ……」

「今日もジョギング行くんですか?」

「そうだな」


むしろ、そうして欲しい。
時折先輩は物凄く難しい顔をする。そうなるのは決まって私が踏み込めない事情が絡んでいる時で、今だってそうだ。


「朝ご飯作っておきますね」


そこまでして守りたいものは、一体何なのだろう。