今日は久しぶりに制服を着た。
 学校に登校するためだ。

 先週、担任の先生から、中間テストだけでも、受けに来たらどうかと誘われた。
 他の不登校生徒と一緒に、教室ではなく、別室でテストを受けさせてくれるというのだ。
 お母さんもそれを勧めて、車で学校まで送ってくれると言った。

 けれどテストなんて、まるで自信がなかった。
 だって私は学校の授業を受けていない。
 いきなりテストなんて、できるわけないに決まってる。

 勉強が遅れていることに、あせりはある。 
 高校を受験するなら、三年生の成績が影響することも知っている。
 だけど教科書を見ても、さっぱり理解できなくて、結局家では、勉強するよりも本を読んでいる時間のほうが長かった。

 それでも私は、テストを受けることに決めた。
 自分で決めた。
 いまの状況から少しだけ、変わってみたいと思ったからだ。

 久しぶりに袖を通した制服は、ものすごく着心地が悪かった。
 毎日こんなものを着ていたのかと、学校に通っていた頃の自分を不思議に思う。

 学校へ向かう車の中で、お母さんは私に言った。

「結果なんてどうでもいいから。練習と思って気楽にね」

 私は制服のスカートをぎゅっとにぎる。

 お母さんは私に無理を言わない。
 だけどすごく心配してくれている。
 それがプレッシャーになってつらいんだけど、でも今日は少しだけがんばってみようと思う。

 私も音羽くんみたいに、変われたらいいなって思うから。


 先生が時間を遅らせてくれたおかげで、私が学校に着いたとき、他の生徒たちは教室の中だった。
 誰もいない廊下を歩いて図書室へ行く。
 今日はそこで、テストを受けることになっていた。
 マスクで顔を隠していたけど、足が震えて、図書室までの道がはるか遠くに感じた。

 図書室に入ると、私の他にふたりの生徒が座っていた。
 二年生の女子と、私と同じ三年生の男子。
 身体が細くて、色白の顔をしたその男子生徒を、私は見たことがなかった。

 テスト用紙が配られて、三人だけでテストを受ける。
 やっぱり何にもわからなくて、もっと自信をなくしただけだった。

 私、なにをしているんだろう。
 こんなことするために、生きてるんだっけ?

 でも他のみんなは、ちゃんとそれをやっている。
 文句を言いながらも勉強して、時間通りに学校に来て、教室でテストを受けている。
 それなのに私はどうして……。

 テスト用紙に、涙が落ちた。
 手で目をこすっても、また涙が落ちた。
 監視していた女の先生に「大丈夫?」と心配されてしまった。

「……大丈夫です」

 大丈夫じゃなかったけど、そう答えた。


 三教科テストを受け、お母さんに迎えにきてもらって、家に帰った。

「どうだった?」

 ハンドルを握りながら、お母さんが聞く。

「うん……まあまあ」
「明日も行けそう?」

 信号で車が停まる。
 お母さんがちらっと私を見る。
 きっと行ったほうがいいんだろうな。
 そう考える。

「うん。行く」

 お母さんがほっとしたように笑って、また前を向いた。


 家に帰ってお昼ご飯を食べると、お母さんは仕事に出かけて行った。
 私の送り迎えのために、出勤を午後からにしてもらったらしい。

 ふたり分のお皿をひとりで洗いながら、また涙が出そうになった。
 情けない自分が嫌になる。
 こんな生活、いったいいつまで続ければいいんだろう。

 片づけを終えて、外を見る。
 どんよりと曇った空から、雨の粒がぱらぱらと落ちてきた。


 今日は行くつもりはなかったのに。
 午後は学校がないから、誰かに会ってしまう確率が高いのに。
 私は傘をさして外へ出る。

 少しだけでもいい。
 さくらさんの顔を見たかった。

 雨は強くもなく弱くもなく、ただ淡々と地面を濡らしている。
 早足で歩道を歩き、いつものように坂道を駆け上がると、さくらさんのお店の前に、一台の車が停まっていた。

 ちらりと中を見ると、女のひとが運転席に座っていた。
 見たこともないひとだった。
 私はそのまま車の脇を通り過ぎ、お店のドアを開いた。