「ーーちょっと……。ちょっと!」
「え……、えっ?」
どこからともなく肩を揺さぶられる。
「は、はいっ」
「もう式典終わったけど?」
「え?」
ハッとして周囲を見渡す。
続々と新入生が席を立ち、ホールの通路を歩いている。
「あなたがどいてくれないと、この列の人たち通りづらくて仕方ないんだけど」
「す、すみません。ちょっと、ぼーっとして」
長い髪がさらりと肩から滑り落ちる。
私の目の前で険しい表情をしていた女の子が、私を迷惑そうに見ていた。
恥ずかしくなって、慌てて立ち上がり通路の人の波に紛れ込む。
演奏の余韻に浸り過ぎていた。
私の頭も心も感動の大波が寄せては返すで、大変なことになっている。
やっぱり、二宮さんの演奏は人の心を揺さぶる。
あの人と同じ学校に通えるなんて、まだ信じられない。
あの音を間近で聴けるなんて、わくわくする。完全に、夢見心地の状態だ。
講堂からB組の教室まで戻って来た。
私の前の席に、講堂で私に声を掛けた女の子が座っていた。
「さっきはごめんね。二宮さんの演奏に感動しちゃって……」
とりあえずクラスメイトではあるから、これから付き合っていくことになる。
ちゃんと謝って、出来ればちゃんとお友達になりたい。
「――演奏終わっても拍手すらしないから、この子寝てるのかなって思っちゃった」
さっきの険しい表情が少し緩んで、そう答えてくれた。きりっとした大きな目の綺麗な女の子だ。
「まさか! 寝るわけないよ。二宮さんが演奏してるのに!」
ついむきになってしまうと、何故か彼女は少し呆れたような表情をした。
「なるほどね……。まあ、いいや。私、香取怜。楽器はヴァイオリン。よろしくね」
「ああ、うん。よろしく! 私は桐谷春華、楽器は――」
「ピアノ、でしょ?」
「そう、なんでわかったの?」
自己紹介しようとしたら香取さんから言われてしまった。
「だって、二宮奏のファンならそうかなって」
冷静にそう言うと、香取さんはもう前を向いてしまった。
――ファン。
その言葉には、いつもどこかもやもやとする。でも、それをここで説明するような状況でもない。



