「待ちなさい！私と仁菜と胡桃を傷つけたくせに逃げるとは卑怯者よ！」

咲結が強い口調でそう言い、椿を足止めする。それに動揺したように椿は後退りする。

咲結はそれに安堵してから膝を手で押さえた。男子達に蹴られたせいであざができていたのだ。

「大丈夫？保健室行く？」

私は反射的にそんな言葉を発しながら慌てて駆け寄る。ところが、彼女は右手でストップをかける。

「私なら大丈夫だから。胡桃は東山君を」

むきになって咲結は言った。強がっているのは私と二人きりにした方が椿も話しやすいという気遣いからだろう。

「ありがとう。気をつけてね。お大事に」

ゆっくりと校舎に戻ろうと扉を開けた咲結にそう言って見送る。いじめてきた人を前にして卑怯者などと言える気の強さにいい友達を持ったなと平凡な事を思った。

二人きりになったところで気まずい沈黙が流れる。どう話を切り出せばよいのかわからない。

目の前に立っている椿は相変わらず栗色の長い前髪で目を隠している。まるで自分の本性までもを隠しているよう。ミステリアスでしかなかった。

「わけが……わからないよ」

紡げれた言葉はそれだけだった。

椿を含めた数人の男子達が咲結を蹴っていたことも、それを私が無理やり止めて二人を連れ出したことも受け入れきれていなくて口が思う通りに動いてくれない。