近くから何気ない生活音とテレビの音が聞こえる。もしかして母と父が海外出張から帰ってきたのかも。淡い期待を抱きながら目を開けると、そこにはキッチンで料理をしている見知らぬ男性と、ソファーに座り、憂鬱そうにテレビを見ている見知らぬ女性がいた。

予想外であることに失望する。いつになったら帰ってくるのかな。そう思う度、寂しくなる。

それはさておき、ここはどこなのだろうか。部屋の狭さと内装から自分の家ではないということはわかる。見渡す景色が所々ぼやけているところからこれが夢だと痛感させた。

窓を越えて遠くから聞こえてくるのはセミの大合唱。どうやらこの世界での今は夏のようだ。見知らぬ男性と女性も半袖を着ているし、ベランダには風鈴が飾られている。チリンチリンと心地よくて涼しそうな音をたてていた。

目の前のカーテンからは、日差しが眩しいくらいに差し込んでいる。まるでステージによくあるスポットライトの光のようだ。

ふと廊下の方から足音が聞こえてくる。感覚からして幼い子供だろうか。

「おはよー!母さん父さん」

そう言って元気よくリビングに入ってきたのは声が高くて元気一杯な男の子。身長からして小学一年生だろう。どうやらさっきの見知らぬ男性と女性はその子の両親らしい。

「おはよう、椿」

男の子の父親が朝食の卵焼きをフライパンで狐色に焼きながらこちらを向いて言った。どうやらこの男の子の名は椿というらしい。つまり私は今、九年前の椿の暮らしを夢として見ているということだ。