「いいよ」

何を言っているのだろうか。口が勝手に許しを出していた。とはいえ、今更訂正するにも気まずいところだ。

椿の顔がぱぁっと明るくなった気がした。それがかわいく見えて顔が熱くなる。

「胡桃の部屋、どこだっけ?」

椿は子犬のようにワクワクとした口調で言った。それに噴き出しながら「こっちだよ」と案内する。

私の部屋は元々物が少ない。ベッドと勉強机と本棚、収納に使っているクローゼット、それだけだ。だからか、あまり散らかっておらず、いつでも客を招き入れても問題ない状態だった。その部屋を目にした椿は感心したように辺りを見渡している。

「きれいだな。俺の部屋とは大違いだ」

「そう?なんだか照れるな」

人に褒められるのは慣れていないないので、思わず頬が緩む。

「はやく寝ようぜ。ほら」

椿はそう言って強引に私の手を引いてきた。そして気づけば私の体はベッドの上に寝かされていた。椿はその隣に寝転がった。

あまりに一瞬の出来事に思考が追いつかない中、距離感に胸の鼓動が速くなる。椿はそんな私を知るよしもなく、寝息をたて始めた。

ひそかな好奇心から椿の長い前髪を無理やり掻き分けて寝顔を盗み見る。その姿はとてもイケメンで気持ち良さそうでじっとぎしするわけにもいかなかった。長い前髪を直してあげてそれからため息をつく。

私、どうしちゃったんだろう。胸の中にざわめきが起こっている。それを紛らわすために強く目を閉じた。そのまま、いつの間にか眠りに落ちていた。

椿を誘拐した今日という六月二十一日の夜。暗い暗い闇の中、長くて不思議な夢を見たのだった。