彼は本当に――フローラの幸せを願っている。
 その事実が胸にすとんと沈んで、卑屈に考えていた心を熱くする。

「…………アレク」
「なんだ?」
「私、裏切られるのはもう嫌なの。あなたは裏切ったりしない?」
「しない。竜族の男は番だけを愛する種族だ。裏切りなど存在しない」
「…………その、なんで私だったの……? あなたみたいな美形、普通の女性が放っておかないと思うんだけど」

 素朴な疑問をぶつけると、アレクセイは何かを思い出すように目を細めて小さく笑った。

「出会いが強烈だった。今まで出会ったどの女性よりも」
「そ、そう……」

 フローラとて、相手が竜王だと知っていれば、それなりの対応をしていた。
 でも、自分たちはああいう形で出会ってしまった。時を戻せない以上、出会いはやり直せない。
 アレクセイは、呆然としていたフローラの右手に自分の手を重ね合わせた。

「そして、祈りの歌を歌う君は誰よりも美しかった。男装も魅力的だが、先ほどの姿はまさしく聖女そのものだった。……誰にも見せたくないと思ったほどだ」
「……っ……」
「なあ、フローラ。僕を選んでくれないか? 死が二人を分かつまで、君だけに愛を捧げることを誓おう。――好きだ、フローラ」

 返す言葉を失い、ぽかんと口を開けてしまう。
 ルミール王太子にも言われたことがないのに、どうしてこの男は大事な言葉をぽんぽんと投げつけてくるのだろう。心臓に悪いではないか。
 フローラは自分の手を守るように引き抜いて胸の前で合わせ、震える口を開けた。

「ま、前向きに検討するから……! だ、だから時間をちょうだい」
「…………」
「だ、だって、あなたの妻になるってことは、竜王の妃ってことでしょう!? そんなの、すぐに頷けるわけないじゃない」

 必死の懇願が効いたのか、アレクセイの張り詰めていた空気が和らぐ。

「わかった。いつまでも待とう。僕の愛しい姫」
「なっ――」

 姫じゃない、という叫びは、再び右手を取られたことで飲み込む羽目になる。アレクセイの柔らかい唇が自分の手の甲をかすめ、一気に顔が火照る。
 声にならない悲鳴を抑えて、にらむように見つめると、アレクセイが楽しげに笑った。


 身を隠していた大聖女が竜王の庇護下にいることが公表された一年後、二人の婚約式が執り行われ――大聖女と竜王の恋物語を題材にした歌劇は大盛況だったという。