「よかっ……た……」

 全身から力が抜けていく。フローラはふらふらとその場にへたり込んだ。
 焦ったようにアレクセイが膝をつく。

「おい、大丈夫か!?」
「へ、平気。ちょっと……ふらついただけ」
「無理はするな。あれだけの術を使ったんだ。体にも相当負荷がかかっているはず」
「……そうかも。ちょっと休んでいくわ」

 そのまま後ろに倒れ、両手両足をぐーんと伸ばす。風の手が伸び、草花が肌をくすぐるように左右に揺れた。
 視界には薄い青空が広がっている。どこからか鳥の鳴く声も聞こえてくる。
 夜はしっかり眠ったはずなのに、なぜか眠気がひどい。うとうとしていると、横にアレクセイが腰を下ろしていた。

「助けてよかったのか? 君をあんな目に遭わせた国を」

 どこか責めるような言い方に、フローラはくすりと笑った。

「私は竜王国に住む人間として、瘴気の拡大を防いだだけよ。国境で聖女の術が発動したから、たまたま隣国の瘴気も消えたのでしょう」
「……たまたま、か」
「ええ。あの国は、偶然の幸運に感謝すればいいんじゃないかしら」
「その偶然を必然にしたのは君だろう。だいたい、これだけ大規模な浄化、文献でも見たこともないぞ」
「あら。じゃあ、私が一番乗りね」

 軽口を叩くと、アレクセイが頬にかかったフローラの髪の毛をすくい取る。
 愛おしげに見つめられ、収まっていたはずの心拍数が上がった。

「君は紛れもなく大聖女だ」
「わ、私はただのフローラよ」
「これだけの力を見せつけておいて、ただのフローラにはもう戻れないだろう。どの国も君を欲しがるに違いない」
「……じゃあ、竜王国も?」

 ゆっくり起き上がると、アレクセイが悩むように押し黙った。
 長いような短いような沈黙を経て、フローラに視線を合わせる。

「僕は……大聖女じゃなく、フローラが欲しい」
「それはどうして? 大聖女は不要?」
「そうじゃない。君が大聖女でなくてもそうであっても、僕は構わない。なぜなら、その前に君に恋をしていたのだから」

 当然のように言う告白に、しばし言葉を失う。
 けれど、目の前の男は真摯に見つめるだけで、フローラの視線を縫い止める。

「こ、恋って……本当に?」
「たとえ君が僕を選ばなくてもいい。僕が君を守る。もし他の国がいいというのなら、助力は惜しまない」