とはいえ、せっかくなので一つもらって食べてみる。ふんわりと香るバターに、滑らかに舌に伝わる甘味。加えて、ほんのりと混じる苦みがいいアクセントになっている。どうやら、生地にオレンジピールが混ぜてあるようだ。

(アーク・ゴルドにいたときは、菓子作りなどしたこともなかったろうにな)

 やたらと完成度の高いメリフェトス作のマフィンに、アリギュラは思わず感心する。エプロンを付けてうろうろしている姿を初めて見たときは気でも狂ったかと思ったが、着実に腕を上げているらしい。

 さっきお腹いっぱいサンドイッチを食べたのに、甘いものはやはり別腹だ。ぱくぱくと夢中になってマフィンを食べるアリギュラに、ふっとメリフェトスが優しい笑みを浮かべる。

 クリスが魔法で沸かした湯を使い、紅茶を淹れる。それをアリギュラに渡してやりながら、メリフェトスは小さく肩を竦めた。

「いいではありませんか。郷に入っては郷に従え、です。新しい世界にうまく溶け込むのは、必要なことではございませんか?」

「メリフェトス……」

 なんともなさそうに言う腹心の部下に、アリギュラは食べる手を止めて彼を見上げる。その美しい横顔は、声と同じく穏やかだ。