俺の中で、ベッドは寝るときにしか使わないという勝手なマイルールがある。何もしない休日は床に寝転がってひたすらに本を読んでいる。

 俺のお気に入りは谷崎潤一郎だ。この人の本だけは他の本と分けて保管してある。

 初めて谷崎の本を読んだのは中学生のときだった。ラノベを読むことを禁じられ、みかねた父から与えられたもの。今考えれば中坊に谷崎を与えるセンスはいかがなものかと思うけれど、そのときは意味の分からない言葉の羅列に随分と頭を悩ませた。

 つい先日、もう一度特に気に入っている話を読み返した。

 ゆっくりと、文字をひとつずつ飲み込むように。

 驚くほどに登場人物の気持ちがわかるような気がして、少し恐ろしささえ感じた。

 『春琴抄』で佐助が自分の目を潰したとき、昔はただひたすらにその行動の真意が分からなくて、どうしてそこまで人を愛せるのか気味悪く思ったけれど、今の自分にそのような衝動が眠っていないかと言われれば、否定はできない。

 自分が年を重ねるごとに理解できる物事の幅が広がって、文豪の書いたものも楽しめるようになった。

 ただ、いつまでたっても、太宰の『人間失格』だけは理解できない。


 「……」


 ぱたりと本を閉じる。空想の世界に逃げ込めば鬱屈した気分を忘れられるかと思ったけれど、どうにも無理だ。あいにく明るく幸せな話を読む気にはなれない。かといって暗い話を読んでいたら、もっと気分が塞がってしまう。

 本をもとの位置に戻してから、さっきしまったばかりのスマホを取り出して、もう一度床にごろりと寝そべる。


 「なにすっかなぁ」


 ロックを外すと、栗ちゃんからのメッセージが2件入っていた。


 『試合勝った。オレの時代だわ』


 一緒に送られてきていた1分の動画を見ると、そこには綺麗に3ポイントシュートを決める栗ちゃんがいた。

 シュパっと軽い音がして、ネットが揺れる。歓声がして、栗ちゃんは嬉しそうにチームメイトとハイタッチをしていた。


 クソー、やっぱかっけぇ。