鼻をかすめた匂い。


 その匂いが脳に届き

 やっと、自分の心を痛めつけているものに
 気がついた。




 千柳様の温もりも。

 優しさや甘さも。

 シャンプーの匂いだって、前と変わらない。



 でも……


 千柳様のスーツから、
 私の知らない香りがする。



 クリーニング店の物ではない。

 明らかに、市販の柔軟剤の匂い。




 そうだった。

 千柳様には
 一緒に暮らす彼女さんがいる。



 私よりも上手に
 千柳様のスーツにアイロンをかける女性が、
 確かに存在するんだ。




 それなのになぜ、
 私はキスをされたんだろう。


 なぜ、きつくきつく 
 抱きしめられているんだろう。



 わからない。
 わからないけど……

 真実を知りたくなんてない……



 だって、千柳様の口から
 彼女さんの話をされたら。


 私の心が、
 ボロ雑巾のように引きちぎられ。

 倒れたまま
 起き上がれそうもないから。