ため息が止まらない俺の心を
軽くするように
天音が
そよ風みたいに優しい声をだした。
「千柳さん、
なんでお月見にアップルパイなの?」
「雪那が俺に初めて作ってくれたお菓子が、
アップルパイだったから」
「千柳さんって、甘い物ダメだよね?」
「でも、雪那が作るアップルパイだけは
食べられるよ」
あれは俺が小2。
雪那が幼稚園の年中さんの十五夜のこと。
庭のベンチに座る俺は
綺麗な満月を眺めていた。
『雪那、来て。お月様がすっごく綺麗だよ』
雪那にも見せたいな。
この満月を見せたら、
雪那はどんなふうに喜んでくれるかな?
お尻がベンチから離れるくらい
飛び跳ねながら、
雪那に手招きをしたのに。
雪那の歩みはのろのろで。
俺の前に来ても、
ワンピースの裾を握りしめて、うつむくだけ。



