「山田さん、こっちの本を、片付けてくれない?」
「了解です」

私、山田雪菜。
学校での仕事は図書委員。
ホームルームが始まる前、昼休み、放課後はいつも図書館に来ては、仕事をしている。

友達はいない。
あ、1人?はいる。
それは…目の前にズラっと並んでるこの子達。
私の友達は本。
人ではない。

幼い頃から、王子様との恋に憧れて生きてきた。
こんなこと、誰にも言えないけど。
唯一、私の気持ちをわかってくれるのはこの本たちだけ。
私の理想にちゃんと応えてくれる。
だから、本は私の宝物なの。
現実と違って必ずハッピーエンドになってくれるから。

「先生、これって新刊ですか?」
「そーそー、私もね、それ読んだんだけど、山田さんが好きそうな小説よ」

あ、訂正させて?
誰にも言えない。って言ってしまったけど、図書館の先生(大熊なつめ)にはバレてしまった。
まーそれも、そうだよね。
私が読んでいる本達は、どれも恋愛ものだし、何より全て甘いきゅんきゅんな小説ばかり。

「山田さんって王子様が好きなのよね」
「はい。かっこいいですから」

面食い、と言われてしまったらそこまでなんだろうけど、性格がイケメンだから好きと言うことにしておいてほしい。

「リアルでもイケメンは沢山いるわよ?」
「性格腐ってますから、信じられません」
「そんな人ばかりじゃないと思うけどな〜」

リアルのイケメンはみんな性格がくそ、がつくほどがっかりさせられる人ばかり。
別に過去に悲しいことがあったわけでもないけど、なんとなくそう思えてしまう。

「山田さん、リアルでもとびきりイケメンで、優しい人いるわよ?」
「リアルには、興味がないんです。裏切られるだけですよ」
「いやーほら、山田さんは、誠実で真面目で努力家で人の事を誰よりも考えてて、仲間を大切に思う人、そんな人が好きなんじゃなかったっけ?」
「いえ、…ちょっと冷たくて、でも笑顔が素敵な人。辛いな…って思ったらそばにそっと寄り添ってくれる人。あと、あんまりベタベタしない人、ですかね、」
「ふふ、いるいる、とびきり笑顔が素敵な人、ちなみに私の推しなの」

推し…。
イマイチ、よくわからない単語。
推しってどんな気持ちなんだろう。
好きって気持ちとはまた違うの?
likeより?それともLOVEよりの好き?
わかんない。
推しとか作ったことないし。
リアルで男性に興味を持ったことないから。

「見てみて、この人!!」
大熊先生が、自分のスマホを開いて推しらしき人の写真を見せつけてきた。
「西島隆弘、って言う人なんだけどね?とっっても素敵な人なのよ。山田さんにとってはど真ん中じゃないかな」

私の想像する王子様…とは、かけ離れていたけど、たしかに、笑顔が凄い。

「んでね?この人本当に、歌うまくて!私にっしーの声大好きなの〜♡」

どうやら、推しは人格まで変えてしまうらしい。
普段ではあり得ない程の甲高い声できゃきゃっウハウハしている大熊先生。
「ふふ…先生、幸せそうですね」
「あら、山田さん、他人事ね。一目惚れしなかったの?この西島隆弘に」
「しませんよ。私、性格も大事にしてるので」
「だーかーら!性格もいいんだってばっ!」
「すみません、写真だけじゃ、ちょっと」
「あ!じゃー西島隆弘の性格をわかってもらうまで今日は帰さないわよ」

なんと、そんなセリフは恋愛小説でしか聞いたことがない。

「私の王子様に言われたいです。それ」
「貴方の王子は本の世界でしょ」
「…ちなみに、その西島…なんたらさんには言われるんですか?」
「うへへ、どうでしょうね」
「あ、そこは内緒にする感じなんですね。了解です」

私は持ち場に戻る。
ねぇー待ってよ。話を聞きなさい。と追いかけてくる先生。

「なんですか、推しと言うお話は共通な人と話した方が盛り上がるのでは?」
「え、山田さん、冷たっ!西島隆弘が嫌いになるわよ!」
「あー、別に嫌われても別にいいです」
「もうっ!そー言わないで聞いてよー!」

もはや、どっちが生徒で先生かわからない。

「あーじゃーなんですか、西島隆弘が恋人にでもなってくれそうなんですか?」
「あなたね…私が既婚者だって知ってるくせに」
「浮気かと思いました」
「うーん、違うのよ、…癒し?」
「なんか、可哀想ですね、その癒しに利用されてる西島隆弘さん」
「みんなそう言うものよ?あんな素敵な笑顔、まじかで見たらやられるわ」
「へえ…」

そんなにかっこいいのか、西島隆弘って人は。
成る程…
でも、私には本があるし。
やっぱり、リアルは恐ろしい。

「一回、Liveへ行きなさい。西島隆弘の魅力がわかるわ」
「あの、一ついいですか?」
「なんでもいいわよー」
「好きなら、誰かに紹介したくなくなりません?」
「どう言うこと?」
「ほら、よくある、私だけのものだから、って出来るだけライバル増やしたくないとか思わないんですか。嫉妬心からなる独占欲みたいな…」
「まー、たしかに、妬いちゃうわよ、ほかの女の人とのツーショットとか見ると」
「じゃあ、なんで私に勧めてくるんですか」
「だって、一般人は何があっても西島隆弘となにか親密になるようなことはないじゃない。モデルとか、女優とかそうなるとまた別でしょ」
「よくわかりません」

たくさんの恋愛本見てきたけど、やっぱり推しへの気持ちはさっぱりだ。

「つまり、一般人には西島隆弘の隣は務まらないってことですか?」

そー言うことなら、一般人大分舐められてません?
でも、漫画でも芸能人と一般人普通に恋してますけど。
どう言うこと…意味がわからない。

「うーん、にっしーはかっこいいから、そこら辺の女、私を含めて釣り合わないでしょってこと」
「と、言うことは、身の程を知れと言うことですか?ブスはブスとイケメンは美女と?」
「まー、そういうことよね」

まーたしかに、そうだよね。
イケメンとの恋なんてリアルで成功するわけないんだもの。
私は地味だし、そもそも誰の目にも止まらないんだろうけど。

「私も結婚したけど、自分に合った人が1番よね」
「まーそうですね」

やはり、推しは奥深かし。
私には永遠に無縁かもしれない。

「あ、そろそろ、朝の会なんで行きますね」
「あ、!まだ話終わってないわよ!昼休みもご飯なしでにっしーの話聞いてもらうからね」
「、ちょっとそれは勘弁してください。私、興味ないんですよ」

私は、大熊先生の推し愛から逃れようと走って図書館を出た。