父への恩があるとはいえ、大企業の御曹司がなぜ地方都市の一企業にいるのかわからない。案外兄弟仲が悪いなどの理由があるのだろうか。

「愛菜さん」
「……なんですか?」
「助手席にあなたがいるというのもいいものですね。夫婦のようで」

何を言いだすか、この男は。そう、優雅は私を口説く気はいつもあるようで、ふとした瞬間にこうしてちょっかいをかけるような言動をしてくる。全体的に嘘くさいんですけどね!

「夫婦ではないけれど、私は後部座席にこだわってはいません。仕事の話をするなら横に座った方が話しやすいわ」
「僕にとってはお嬢様ですので、つい後部座席にご案内してしまうのですが、そうですね。これからは恋人になるわけですし、並びましょうか」
「恋人になる予定は未定ですね」
「照れていますか?」
「照れてないわよ」

ぐいぐいくるけど、私的にはこんな何を考えているかわからない男と結婚とか無理なんですけど。結婚した傍から暗殺されそう。

確かに、顔だけはとびきりいい。
クールで中性的ともいえる美貌は、若い頃から目立っていた。大学時代に始めて彼を見たときは、すごい美形が入社してきたもんだと慄いてしまったもの。
現在、三十三歳。
美しさに、落ち着きと渋みが加わって、本当に見た目だけなら百点満点で計算して五百点くらいあげてもいい。
身長もかなり高くて、女子のわりには高身長の私がヒールを履いてもまだ彼の方が十センチは高い。
私と結婚してこの会社を継ぎたいなんて言われても、絶対裏があるようにしか思えない。
大企業の御曹司と知ってから、疑念はいっそう深まった。

一方で、この男が現在とても役に立っているのも事実。
業界初心者の私の指南と補佐を務める彼は、非常に優秀な部下だ。特に彼からアクションがない以上は、今の関係を維持でいいかもしれない。少なくとも、初仕事が終わるまでは。