「名前で呼ぶのは」
「もう定時後ですので見逃していただければ。今日はもう上がりにしませんか?」
この一週間、仕事を覚えるだけでなく方々へ挨拶回りにも出向いている。中には、父に呼ばれて挨拶に行かねばならないこともあり、自分の仕事のみに集中してもいられないのだ。
今日も外出が入ったため、予定の部分まで資料を読み込めていない。
「あと少しで上がります。……父に何か言われましたか?」
「いいえ、僕が心配しているだけです」
余計なお世話だ。つんと無視していると、優雅は私の顔を横から覗き込む。
「食事にお誘いしたいと思っていたのですが」
「そういう気遣いも無用です」
「婚約者として、あなたを誘う権利はいただけませんか?」
私は思わず周囲を見回した。幸いなこと、と言っていいのかわからないけれど、周辺のデスクに居残っている人はいない。
それでも私は優雅を睨んだ。
「やめてください。オフィスです」
「送り迎えも拒否、オフィスでも仕事以外の会話は禁止……、少々寂しいですね。あなたとふたりきりになる機会がまったくない」
これは、この男なりの嫌味かしら。私は口の端を引きつらせながら答える。
「私が落ち着いたら、我が家で食事でもと両親が言っていました。そのときにお誘いします」
「それは大変嬉しいお誘いですが、“ふたりきり”ではありませんね」
優雅が私の耳元でささやいた。
「僕はあなたとふたりきりになりたいのに」
綺麗な目が笑みの形に細められ、私を見ている。タチの悪い男。まるで挑発しているみたい。
まあ、いい。私は食事くらいで過剰反応しないと教えてやらなければ。それにあまり断り続けても両親がうるさそうだ。
「わかった。わかりました。お誘いを受けます」
「ありがとうございます。社内の人間とは会わないような静かなお店にご案内します」
ため息を噛み殺しながら、退勤の処理をし、PCをシャットダウンした。
「もう定時後ですので見逃していただければ。今日はもう上がりにしませんか?」
この一週間、仕事を覚えるだけでなく方々へ挨拶回りにも出向いている。中には、父に呼ばれて挨拶に行かねばならないこともあり、自分の仕事のみに集中してもいられないのだ。
今日も外出が入ったため、予定の部分まで資料を読み込めていない。
「あと少しで上がります。……父に何か言われましたか?」
「いいえ、僕が心配しているだけです」
余計なお世話だ。つんと無視していると、優雅は私の顔を横から覗き込む。
「食事にお誘いしたいと思っていたのですが」
「そういう気遣いも無用です」
「婚約者として、あなたを誘う権利はいただけませんか?」
私は思わず周囲を見回した。幸いなこと、と言っていいのかわからないけれど、周辺のデスクに居残っている人はいない。
それでも私は優雅を睨んだ。
「やめてください。オフィスです」
「送り迎えも拒否、オフィスでも仕事以外の会話は禁止……、少々寂しいですね。あなたとふたりきりになる機会がまったくない」
これは、この男なりの嫌味かしら。私は口の端を引きつらせながら答える。
「私が落ち着いたら、我が家で食事でもと両親が言っていました。そのときにお誘いします」
「それは大変嬉しいお誘いですが、“ふたりきり”ではありませんね」
優雅が私の耳元でささやいた。
「僕はあなたとふたりきりになりたいのに」
綺麗な目が笑みの形に細められ、私を見ている。タチの悪い男。まるで挑発しているみたい。
まあ、いい。私は食事くらいで過剰反応しないと教えてやらなければ。それにあまり断り続けても両親がうるさそうだ。
「わかった。わかりました。お誘いを受けます」
「ありがとうございます。社内の人間とは会わないような静かなお店にご案内します」
ため息を噛み殺しながら、退勤の処理をし、PCをシャットダウンした。



