お湯を沸かして、急須(きゅうす)に祖母のお気に入りだった茶葉を入れる。銘柄は知らない。有名なものじゃないから、聞いてもいつも忘れちゃってた。祖母が好きなお茶さえ覚えてないなんて、孫失格だ。トポトポとお湯をそこ注げば、ふわりと緑茶の良い薫りが鼻腔をくすぐって、じわりと視界が滲んだ。
 ふるりと頭をふって、ぐすりと鼻をすする。袖で目を擦って、深呼吸をひとつ。
 大丈夫、辛くない。今はひとりだけど、もう少ししたら、ひとりじゃなくなるから。
 湯呑みをのせたお盆を両手で持って、台所を出た。またひたひたと冷たい廊下を歩いて、居間へと向かう。居間と廊下を区切る障子の隙間から灯りがもれていて、彼がそこに居ることを語っていた。

「……ごめん、待たせちゃって、」

 心にもない詫びを吐き出しながら、ぎしり、居間へと踏み入れる。視界には頭上から照らす暖色と、彼の後ろ姿。座りもせず、立ったままの彼には、どうやら私の声が聞こえなかったらしい。何の反応も示さない彼に疑問符を浮かべながらも、お茶をこたつに置こうと近付けば、かさりと微かな音がなって、何の感情も持たない彼の()が静かに、しかし確実に、私を捕らえた。

「何、これ」

 次いで、吐き出された彼の声。音そのものは嫌というほど聞き慣れたものだったはずなのに、驚くほど、そこには何の感情も孕んでいない。
 言葉と共に差し出されたそこへ視線を落とせば、よれてシワがついた【この紙を】の文字。ほんの数十分前に書いたばかりのメモ書きがそこにはあった。