びくりと肩が揺れる。

「……っ、ごめん、怒鳴って、」
「…………ううん、」

 怖くはない。ただ、驚いただけ。
 ふるりと首をふってそれを否定するも、温厚な彼を怒鳴らせてしまうほど怒らせたのだと思うと、濡れた彼の靴下と畳から視線を外すことは出来なかった。

「……僕じゃ、だめ……?」

 どれくらい、そうしていたのか。長く感じたけれど、きっと一分も経っていないその空気を破ったのは、頭上から落ちてきた、彼の声だった。

「…………え?」

 何の、話?
 疑問符がついていたから、質問なのだろう。けれどその意図が全く分からなくて、思わずあげてしまった視線。その先に見えたのは、先ほどとは違って今にも泣きそうな彼の表情(かお)だった。
 どうして、そんな表情(かお)をするのだろう。私がこの世界から消えたところで、何も変わらない。祖母だけが、生きる理由だった。だって、優しい祖母は私がいなくなったら、きっと泣くから。祖母を泣かせたくないから、私は生きていた。だけどもう、祖母はいないのだから。

「ねぇ」
「っ」

 そこまで思考を巡らせたところで、引き寄せられた身体。背中に回り、きゅ、と僅かに力を加えるふたつの腕と、ぽすりと肩に埋められた彼の頭。鼓膜のすぐ横で、くぐもった声が響く。

「僕は、君の生きる理由には、なれない?」

 なのにそれよりも、密着した身体を伝って響く心臓の音の方が、とても大きく聞こえた。