いつもの車内。彼女はいつも別れる前、カーナビの履歴を削除する。それは旦那に知られないようにするためで、その姿を見る度、俺と過ごした時間もなかったことにされている気持ちになる。
車内に忘れ物がないか見渡して、それから最後、栞さんから別れのキスを送られる。
だけど今日は素直にそれを受け取らず、ふいと顔を逸らした。「遊馬くん…?」と彼女の瞳が切なそうに揺れる。
「栞さん、もう会うのやめよ」
栞さん、知ってた?俺はそこら辺にありふれている、ごく普通の恋愛がしたかったんだ。
旦那が家に居ない時しか会えなかったり、会っている間も心のどこかで罪悪感があったり、会っていた時間をなかったことにするように隠すような恋じゃなくて、寂しくなったら肩に頭を預けるだけで安心して、隣に居るのが心地よくて、笑ってくれたら嬉しくなる。
20歳の年齢並に、どこにでもあるありふれた恋がしたかった。
「なんで、そんなこと言うの?彼女でもできた?」
「……そんなんじゃないけど」
そんなこと俺が思っているなんて、きっと知らないだろうね。今までそういう話は一切してこなかったから。
栞さんの旦那の不満を聞いて、仕事の愚痴をちょっと聞いて、頭を撫でてあげて、後はほとんどベッドの上。
中学生の頃、栞さんに家庭教師をしてもらってた時の方が、学校のこととか先生のこととか友達のこととか、色々話せていたような気がする。
栞さんは途端に顔を歪めて、俺の腕を強く握った。その顔は、今までに見たこともないくらい悲痛で、ああ、この人は本当に独りが嫌なんだなと思えた。

