『今日会える?』
夫が送っていたのは、至ってシンプルなこの文だけだった。
それでも、スマホを持つ手が小刻みに揺れて。
自分が震えているのだと気付くのに数秒掛かった。
正直、自分がここまで動揺するなんて思いもしなかった。
渇いた笑いが口から漏れて、スマホを元の場所へと戻す。
今まで9年、一緒にいて初めての出来事だからかもしれない。
頭が真っ白になってその場に崩れ落ちそうになる脚を必死に動かして、私はふらりと寝室へと向かった。
──もう、本当に潮時なのだ。
──“西野沙耶香”──。
彼女の名前は私も知っている。
夫、浅倉智政の高校の時の“元カノ”だ。
私は震える指先をグッと握り込み、クローゼットからキャリーケースを取り出した。
今はまだ、別れる前の裏切り行為への怒りなのか悲しみなのか分からないぐちゃぐちゃな感情だけれど、とにかく夫から離れたいと思った。
それに、徐々にではあるけれど、本当は別れる準備だってしていたのだ。
このままじゃお互い幸せになれない、と。
だけど、そう思っていたのは……私だけだったみたいだ。
