「そっかぁ……私は海外に行ったことないから、暮らすってなると全然想像がつかないや」


 でも、それだけ転々とするということはきっと。


「雨のお父さんとお母さんって、すごく立派な人なんだね」
「そうね、立派な人だと思うわ」


 私はそう正直に述べると、雨も肯定してくれる。彼女がお金持ちの理由はそこから来ているのかもしれない。
 両親という単語を聞いて、少しだけ思い返す。
 私の両親は既にいない。幼い頃のいい思い出よりも、物心ついてからの嫌な記憶の方が強く残っている身としては、どうしても悲しみより怒りしか湧いてこない。


 比べて雨の両親、聞く限りでは様々なところを転々として海外にまで行く人たちだ。子どもの頃からそうやって過ごして来た彼女がしっかりするのは頷ける。
 いや、きっと、私が想像しているより大変だったかもしれない。
 私は目の前のカップに入っている薄茶色の液体をじっと見つめながら、そう考えていた。


「ココア、冷めてしまったわね。入れ直しましょうか」
「あっ、ちょっと話に夢中になってたみたい。でも大丈夫だよ。私、猫舌だからこれくらいの方が飲みやすいし……それに――」


 ココアのカップを両手で持ちつつ、私は少しだけ微笑む。


「それに?」


 その言葉の先を聞くように、雨は首を傾げる。
 少しだけ。ほんの少しだけど、彼女のことを知れて私は嬉しかった。


「雨が入れてくれたココアだもん。ちゃんと飲まないとバチが当たっちゃう」
「奏の言うことは信憑性に欠けるわね。バチなんて当たらないわ」
「もー……私はいい事言ったつもりなんだけどなぁ」


 そんなことを言いながらクスクスと笑ってしまう。雨はとても真面目だ、たまに冗談を言ってくれることはあるのに私の言葉はまともに受ける。そこがおかしくて自然と笑いが出てしまった。


 でも、その時の私は彼女のことを少しもわかってなんかいなかった。
 雨がどんな幼少期を送ってきていたのか、どうしていつも無表情なのか。その答えに辿り着くのは、もう少し後の……彼女の実家へと赴いてからになる。