座っている先生が、眼鏡越しに沙耶のことを見上げてくる。そういえば、崎谷先生を見下ろしたのは、これが初めてだ。

「先生、眼鏡外すと若く見えますね」

「ん? ああ、そうかもな。良く言われる。学校では生徒にナメられたらいけないから眼鏡だけど、家帰ったら、店とかで歳間違われること多いな」

「そうなんですか」

確かにそうかもしれない。沙耶の家には、大学生の姉のサークルの人とかがたまに来るけど、男の人でいかつい顔の髭を生やした人なんて、今の崎谷先生よりもずっと年上に見える。

「でも、眼鏡外した方が、やさしいっぽいですよ」

沙耶がそう言うと、先生は笑った。

「なんだ。眼鏡してると怖く見えるか?」

「や、怖いとかはないですけど」

「そか。良かった」

沙耶の答えに先生が安心したような顔をした。生徒にナメられてもいけないし、必要以上に怖がられても困るのだろう。難しい職業だな、と思った。

朝の横尾先生の話とはちょっと違うけど、先生ってやっぱり生徒のことをよく考えてくれているんだと思う。生徒に受け入れられないとクラスを纏めることも出来ないし、授業もきっと困るだろう。そういう意味では、崎谷先生のやっていることは、別に悪いことじゃないと思う。生徒だって先生のことを気に入れば、ホームルームなんかでもより協力的になるし、授業だって熱心に聴くだろうから。

…やっぱり、いい先生だなあ。

そんな風に思う。崎谷先生のクラスに入れて、良かった。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

先生が机の引き出しにシャープペンを仕舞う。沙耶は礼をして職員室から出た。

そうか。学校では眼鏡だから、きっと崎谷先生の眼鏡を外した顔を知っている人は居ないんだろう。

ちょっと、得をした気分になった。担任の先生の、他のクラスメイトが知らない一面を知れるって、ちょっと気分がいいものなのだ。