幼馴染みの沙耶のことを好きだと気付いたのは何時頃だろう。もう多分、ずっと前から好きだった。幼い頃は無邪気に、それ以降も何度も沙耶に好きだと伝えた。言葉の花びらは、沙耶の好きな桜吹雪のように沙耶に降り注いだけれど、沙耶には本気だと伝わらなかった。

だから優斗はこの気持ちを秘めていようと決めた。もし沙耶に知れることがあったら、沙耶に一番近い『幼馴染み』という場所だって無くしてしまうかもしれない。優斗はどうにかして沙耶の一番近くに居たかった。だから、幼馴染みでも良かった。沙耶の、一番近くに居られるのなら。

何時か、優斗の敵わないような、素敵な彼氏を作るんだろう。その時には素直に負けを認めて、祝福しよう。沙耶の選ぶ男なら、きっとやさしくて沙耶のことを一番に思ってくれる。その時には沙耶を支える立場を明け渡しても良い。それまでは優斗がその人に代わって沙耶を守る。優斗は十年以上を掛けて、そう思うことに成功した。





雨雲が垂れ込めていた。もう、いつ降り出してもおかしくないような空模様の下で、優斗は今日もラグビー部の練習に出ていた。梅雨時だから、ちゃんと傘は持ってきている。今日、一年後輩の彼女は、友達と約束があると言って、既に帰ってしまっている。先刻教室を出るときに、芽衣と沙耶が残って勉強をしていく、と言っていたので、部活が終わってもまだ教室に居るようだったら、誘って一緒に帰ろう。沙耶たちと一緒に帰るのは、結構久しぶりだ。

ランニング、パス回しから始まって、タックル、サインプレーなど、一通りの練習を、今日も行った。どうやら雨はこのまま練習終了まではもちそうだった。じゃあ、家に帰るまで持ち堪えていてくれるといいなあ、なんて思っていた。最後のランニングをしているとき、ちらりと校舎の方を覗うと、まだ教室に明かりがついている。きっと沙耶たちが勉強しているんだろうと思った、そのとき。

「………っ」

教室の窓から、グラウンドを眺めている人がいた。見間違いができるはずもない。窓際に立っていたのは、担任の崎谷先生だった。一気に頭に血が上るのが分かった。

何故、先生があの教室に居るのだろう。芽衣は先刻、沙耶と勉強すると言っていた。もう沙耶たちは帰った後だったのだろうか。先生は何のためにあそこに佇んでいるのだろう。

沙耶は、そこに、居るのだろうか……。

いや、と思う。だって、沙耶とは約束をした。沙耶は約束を大事にする子だ。決してそんなことはない。

それでも、頭の中に嫌な考えが渦巻いてくる。ランニングを終え、ボールなどの道具を片付け、クラブハウスに戻ると、優斗は急いで制服に着替えた。丁度、夕方のチャイムが鳴って、昇降口から文化部の生徒たちが靴を履き替えて出てくる。その中に優斗は駆け込み、運動靴を上履きに履き替えた。

文化部の生徒たちは主に北校舎の階段から流れてきており、南校舎へ走っていく優斗は誰ともすれ違わなかった。階段を駆け上がり、二階まで上ると、廊下を走り始めた。すると、前方から背の高い生徒がこちらへ向かって歩いてきていた。

芽衣だった。

鞄を手に持って、芽衣がのんびりとした様子で歩いてくる。芽衣が今この時間に廊下を歩いているって言うことは、沙耶も今まで教室で芽衣と勉強していたということだ。そして、グラウンドから見た教室の窓には、崎谷先生が居た……。

「芽衣ちゃんっ!」

優斗は大声で前方から歩いてくる芽衣を呼んだ。芽衣は廊下の窓から外を見ていた視線を真っ直ぐに変えて、そして優斗の姿を認めると、少し驚いたような表情になった。

「ゆ、優斗くん」

芽衣らしくない、少しうろたえた声。嫌な予感がする。優斗は芽衣に走り寄り、言葉で詰め寄った。

「芽衣ちゃん。沙耶と一緒じゃないの? 今まで勉強してたんだろ?」

「あ、…う、うん。先刻まで、一緒に居たわよ。でも、もう今日の勉強はおしまいにしたの。チャイムも鳴ったし」

「それで、沙耶は?」

まさか、教室に残してきたというのだろうか。

「あ、ああ、ええと、なんかもうちょっと復習するって……」