「なんだ、芽衣ちゃん」

「あれ、優斗くん。これから部活?」

二人は教室の扉のところで立ち話をした。今日も練習に励みますよー、という優斗に、芽衣も頑張れーと声をかけてやっている。

「…芽衣ちゃん、こっちの教室に、なんか用事?」

「あー、沙耶にね。今日、一緒に勉強する日だから」

「あ、そうなんだ。じゃあ、芽衣ちゃんも頑張って」

ありがと、と芽衣が応えている。そして二人で笑いあって、優斗は教室の外へ出て行った。

芽衣はそのまま教室に入ってくる。そして沙耶のところまで来て、空いた席に鞄をとん、と置いた。そのまま椅子を回して、沙耶の机に肘を付く。教科書を片付けようとしていた沙耶と目が合って、芽衣が沙耶の顔を覗き込んできた。

「…沙耶さ、最近元気ないね」

芽衣が首を傾げながら、心配そうに言ってくれる。そうかな? と元気そうに取り繕っても、芽衣は引かない。

「そんなの、分かるよ。友達でしょ? どうしたのよ」

そこまで言って、芽衣はちょっと声を潜めた。…まだ、教室には五人ほどの生徒が残っている。

「…先生と上手くいってない?」

そんなことはない。ちゃんと普通に授業も受けるし、放課後の補習の後、芽衣が先に帰った後なんかは、少し話したりもする。先生はちゃんとやさしくしてくれているし、沙耶はほんの少し話せるだけでも嬉しいから、全然不満なんてない。

「なら、どーしたのよ」

いつの間にか、残っていた生徒も教室から出て行ってしまっていた。芽衣と二人で、補習のために来てくれる崎谷先生を待つ。

「…なんでもないわ」

どうやって相談したらいいのか分からなくて、沙耶は言葉を濁した。芽衣と優斗も友達同士だから、沙耶のことで揉め事に巻き込むのは良くないような気がする。

やがて教室の扉ががらっと開いて、崎谷先生が入ってきた。始めるぞー、という声は、いつもと変わりない。沙耶と芽衣は席を教室の一番前に移動して、そうして補習が開始した。

先生が教科書を片手に、今日も問題やその解き方、公式などを板書していく。沙耶たちはそれを丁寧にノートに写し、考え方のヒントをもらい、問題集の問いを解いていった。その進みは授業のときよりもやはりゆっくりなので、沙耶たちも安心して問いに一生懸命になることができる。

何問目かに取り組んでいたとき、ふと沙耶は崎谷先生の様子に気が付いた。いつもは沙耶たちが問題を解いている間、教卓から二人の手元を覗き込むようにして見ていてくれるのに、今日は教卓を離れて、窓際から外の景色を見ている。…もしかして、雨が降ってきているのかもしれない。

「…降ってきましたか?」

沙耶はシャープペンを持ったまま、窓際に凭れている先生に聞いてみた。先生が窓から顔を出して空を見上げる。

「まだ、もってるけど、そろそろ降ってくるんじゃないかな。もう空が真っ暗だからなあ」