翌日、教室に入ってきた優斗は、目をきらきらさせていた。自席にも寄らず、鞄を持ったまま沙耶の席まで来ると、席の傍で身を屈めて、どうだった? と問うてきた。昨日からずっと聞かれるだろうとは思っていたのだけど、なんと答えたらいいのか決められなくて、沙耶は結局曖昧に笑うことで結論を告げた。

「え…、なんで? あんまり好きじゃない人だった?」

優斗は更に沙耶の耳元で、こそこそっと聞いてくる。でも、決して悪い人ではなかったので、余計に返答に困ってしまった。

「…そういう訳じゃないけど……」

「だったら、なんで?」

ますます疑問らしい優斗は、曖昧に笑うだけでは引き下がってくれない。沙耶は幼馴染に対して、心の底から謝った。

「……ごめん…。今は、言えない…」

それが精一杯だった。沙耶の困った表情に、優斗も詮索をやめる。立ち上がった優斗は、明らかに沙耶に対して訝しげな視線を寄越してきていた。



その日以来、優斗は手紙の話に一切触れてこなかった。ただ、何気ない会話をしていても、どこかに、どうして? という雰囲気が漂っている。…このままずっと、黙っていなければいけないだろうか。出来れば、沙耶が優斗のお付き合いを微笑ましく見るように、優斗にも沙耶と先生のことを、微笑ましくとまではいかないにしても、否定はしないで欲しいと思う。もう、どうしても手放したくない、大切な気持ちなのだ。そこを、分かって欲しい。

(…無理、…なのかな、やっぱり…。…大人の人だし、担任の先生だし、……)

クラスメイトの中でも、優斗は特に崎谷先生に対して否定的のような気がする。…沙耶のことを心配してくれているのがその理由なのだったら、このままでは先生と優斗の間は険悪になるばかりで、沙耶とのことも分かってもらえないような気がする。

どうしたらいいのだろう。自分はただ、崎谷先生のことが好きなだけなのに…。
そんな思案に耽っていたら、一日の授業が終わってしまった。窓の外は雨雲が敷き詰められていて、陽の光は届かない。教室には電気がつけられ、白い光の中でクラスメイトがざわざわと帰り支度をしていた。

前の方の席の優斗は、部活があるので今日も手早く教科書を鞄の中に詰め込んでいた。こんな日にも練習って大変だなあと思う。でも、ラグビーは試合のときも天気は関係ないそうだから、練習も自ずとそうなってしまうのだろう。鞄に全てを仕舞いこんで席を立つと、沙耶の席の方までやってくる。沙耶はぎこちなく優斗と目を合わせて笑ってみせた。

「じゃあ、また明日な、沙耶」

「うん。部活頑張って」

「ありがと」

最近はいつもこんな感じになってしまう。でも、優斗も去り際に笑ってくれて、どうにか今日も一日の終わりを何事もなく締められそうだった。教室を横切り、優斗が教室を出ようとしたときに、扉から芽衣が顔を覗かせた。