「図書室で、…よく岡本さんのこと見かけてて……、あの、…最近来なくなってたから、……あの…」

目の前で、男子生徒が一生懸命に告白してくれているというのに、沙耶の頭の中には、あのときのことが蘇っていた。彼に会ったときに先生に呼ばれて教室に戻ったら、…こめかみにキスをされたのだ……。

そして、今は、先生のことを思い出して、襟の下に隠れている皮膚に熱が集まるようだった。

「あの……、その、…駄目、ですか……?」

弱々しい男子生徒の声が耳に届く。そうだ。何か答えなければいけない。

「…あ……、え、…っと、………ごめんなさい…」

彼の必死の問いに、あまりにも簡潔に答えてしまった。目の前で眼鏡の彼が少し俯く。でも、それしか言えないのだ。

「……そう、ですか…」

「…うん…、……ごめんなさい…」

「あ、いや…。…岡本さんにに謝ってもらうことじゃ、ないです」

「うん…、…でも、ごめんなさい…」

彼が言っても、そんな返答しか返せない。ごめんなさい、と何度も言う沙耶に、彼は泣き笑いのような顔をした。

「…じゃあ、ひとつだけ、お願い聞いてもらえませんか」

「お願い?」

「一度だけ、僕と駅まで帰ってください。…それで、諦めるから……」

彼の言葉に、少し迷った。痴漢の件を彼が言っているのだと思ったけど……。

「ごめんなさい…。期待もたせるようなこと、したくないんです…。そういうの、一番残酷だと思うので……」

彼の想いに応えられないという気持ちがあるから、そんな酷いことは出来ない。そうですか…、と彼が項垂れ、そして、ありがとう、今日のことは忘れてください、と言って体育館の影から出て行った。

…少し、残る、罪悪感。でも、気持ちに嘘はつけないのだ。こればっかりは、仕方ないと思う。

(…優斗になんて言お…)

取り敢えず、断った理由は聞かれるだろうな、と思った。そう思っていたときに、突然声が聞こえてびっくりした。