終礼後、沙耶は優斗と一緒に教室を出た。優斗は本当ににこにこしていて、隣を歩く沙耶が、気を抜くと思案顔になってしまうのと対称的だった。

「沙耶。絶対教えてね」

「だから、そうじゃないかもしれないって」

今日、何度こんな会話をしただろう。そして、優斗の足取りの、軽いこと軽いこと。絶対そうだって! と、何故か自信ありげの優斗に、やっぱり苦笑してしまう。

「なにを教えてもらうんだ」

二人で廊下を歩いていたら、突然背後から声をかけられた。びっくりして飛び上がるかと思ってしまった。

「…なんなの、崎谷先生。人の話の盗み聞きなんて、行儀悪いですよ」

優斗の顔が、一気に剣呑な感じになる。声も不機嫌の色を隠さないので、沙耶は急にはらはらしてしまった。

「そういっても、お前が浮かれた声で話してるから、なにかと思うだろ」

「思っても、生徒のことに口出ししない方がいいですよ」

なんだかこのままだと怖い口喧嘩になってしまいそうだった。焦った沙耶は隣の優斗の腕をぱっと取った。

「優斗、もう行こ? 部活あるでしょ。先生、失礼します」

優斗の手を引いたまま、後ろの崎谷先生に頭を下げる。急いで階段を下りていく二人の後姿を、先生が眉をひそめて見ていたことを、沙耶は気付かなかった。



昇降口を出て、優斗がクラブハウスの方へ行ってしまうのを見届けてから、沙耶は体育館の方へ足を運んだ。学校周辺の土地がやや傾斜しているので、体育館の裏あたりはフェンスの外がコンクリートで固められて十メートルくらい下に落ちている。だから、フェンスの外を人が通ることもないし、体育館の扉のない壁の方は本当に人がいない。夕方だと影になるし、そこに入ってしまえば、もし遠目で見られても、誰なのかは判別が付きにくいだろう。

沙耶がそこへ行くと、影になったところに男子生徒の制服の人影が見えた。…彼が手紙の主だろうか…。

「……岡本さん…」

沙耶を読んだ声はやはり男の人のものだった。

「あの…、……あの、来てくれて、ありがとう…。……僕、どうしても岡本さんに伝えたいことが、あって……」

俯きがちに一生懸命話しかけてくる。影に目が慣れてくると、その人が眼鏡をかけていることが分かった。

「…以前、岡本さんに話しかけたときは、…急に先生が来たから、……それで…」

以前話しかけられたときに…? 先生が急に来たって…?

沙耶の頭の中で、引っ掛かるものがあった。…確か一度、昇降口で男子生徒に声をかけられて、そのときに崎谷先生に呼ばれたのだ。

あ、と沙耶が声を出したのと、男子生徒が言葉を発したのは、同時だった。

「岡本さんが、好きです…っ。僕と、お付き合い、してもらえませんか…っ」

…自分が思いついた出来事と、目の前の男の子が発した言葉にびっくりする。沙耶が驚いて言葉を継げないでいると、男子生徒は更に一生懸命に話しかけてきた。