「…め、芽衣ちゃん……」

「ん? どーしたの?」

振り向いた芽衣の笑みに邪気はなくって、だから彼女がどういうつもりでこんな話を纏めたのか、少し聞きづらかった。言葉に迷う様子の沙耶に、芽衣はにっこり笑ってくれて、そうして頭を撫でてくれた。

「私が一緒だったら、優斗くんも変に思わないでしょ。…ホントはどっかの図書館とかで出来るとよかったけど、先生が特定の生徒に対して、学校外でまで関わってたら良くないと思うし…。…あ、勿論勉強は真面目にやるのよ? だけど、こーでもしないと、沙耶も崎谷先生と話せないでしょ?」

にこにこ笑って、そんなことを言う。そんなこと、全く考えていなくって、だから突然の話向きに、顔が真っ赤になったのを自覚した。…っていうか、どうして芽衣がこのことを知っているのだろう?

「ん? だって、崎谷先生、すっごく機嫌いいんだもん。そりゃあ、ぴんとくるわよ」

…全然気が付かなかった。沙耶は兎に角教室に先生がいるときはいっぱいいっぱいだったから、先生が機嫌がいいかどうかなんて全然分からなかった。でも、クラスの皆もそんなこと気付いていないようだったけど。

「あー。じゃあ、教室にいるときは意識してんのかな。私が今朝、廊下で呼びかけたときなんて、鼻歌歌いそうな雰囲気だったわよ?」

……なんだか、想像が出来ない。鼻歌歌いそうな崎谷先生って、どんなだろう。

「…見たことない? そういう崎谷先生」

「……ない…。…なんか、どうしようもないないギャグとか言ってるときあるけど…、それとは違うのかなあ?」

教室で見る先生は、常に大人だ。以前、男子と女子が言い合いをした時だって、ちょっとした言葉で鎮めてしまった。熱血先生とは違う、崎谷先生独特の温度でクラスの皆と接している。…芽衣は、そんな崎谷先生の違う一面を知っているのだ。

「ふうん。…じゃあ、見せてもらえるといいね。これから」

うん、と返事をするのは少し恥ずかしかった。なんだか崎谷先生の傍に寄ったことを、人から言われるのに慣れてない。きっと、この先も慣れることなんてないだろう。それくらい、沙耶の中の崎谷先生は大人の人なのだ……。