そんな風に疑問に思っているうちに、手を引かれたまま職員室に入ってしまった。入り口で礼をして、広い部屋の中を、やっぱり芽衣に手を引かれて歩いていく。芽衣は職員室の真ん中ほどまで来ると、あの、と声をかけていた。

「崎谷先生、ちょっとお願いがあるんですけど」

「ん? なんだ、永山に岡本か」

びっくりした沙耶は芽衣の背中に隠れてどきどきした。…今日は数学の授業もなく、だから崎谷先生の顔を見れたのは、朝礼と終礼のときだけだ。

「ゴールデンウイークのとき、沙耶に数学の補習をしてたじゃないですか。そーゆーの、期末に備えて私たちにしてもらえないかなーと思って」

ええっ!? そんなこと、いきなり決められても…。

沙耶は内心焦った。そんな話なら、先に言ってくれればいいのに…。でも、沙耶の慌てた様子など知らない風に、芽衣は崎谷先生と話している。

「…数学の補習?」

「うん。私、進学コースに行きたいから、今のままの点数だとまずいんで。だから、とりあえず期末対策と言うか…」

「岡本もなのか?」

崎谷先生が、芽衣の体を避けて沙耶のことを覗き込んでくる。うわ、と思って、返事がしどろもどろになった。…やっぱり、先生の近くは、どきどきする。あの…、とか返事をもたつかせていると、芽衣が握っていた手を、きゅ、と引いてくれた。

「…あの、…お願いできれば……」

なんてことだ。まさか、自分から先生に約束をねだるようなことをしてしまうなんて。…でも、補習なんだから、別に疚しく、ない…、はずだ。

崎谷先生は、芽衣と沙耶の返事ににっこり笑った。

「やる気になってる生徒には、協力を惜しまないよ。じゃあ、いつからする?」

「先生の都合のいいときに、お願いします」

先生は机の上の卓上カレンダーを持ち上げてスケジュールを確認していた。

「…じゃあ、火曜日と木曜日。放課後に、…うーん、永山こっちの教室に来れるか?」

「大丈夫です」

「よし、そうしよう。まあ、頑張ってくれ。期待してるぞ」

今度は二人揃って返事をした。ありがとうございます、と芽衣が頭を下げたので、沙耶も慌てて頭を下げた。そのまま芽衣の後を付いていくように職員室から出て、廊下の角を曲がったところで、前を歩いている芽衣の制服の裾を引っ張った。