昼休みのチャイムが鳴って、先生がチョークを置いた。問題集の設問を、先生のアドバイスに従って計算式を何度も見直しながら解いていったから、普通の授業のときより随分とゆっくりしたペースで補習は進んでいた。

「苦手意識から慌てるから、余計にミスが多くなる。落ち着いて解けば、大丈夫だろ?」

先生が沙耶のところまで寄ってきてくれて、手元の問題集を覗き込んだ。確かに、何度か計算ミスをするものの、公式の間違いは随分減っていたし、計算も三回も四回も見直しているから、答えを間違うことも少なくなっていた。

こんなに解けるとは思ってなくて、沙耶はちょっと嬉しかった。

「ハイ。公式も、ちょっと分かったような気がします」

「気だけじゃなくて、本当に分かってもらわなきゃならんからな。兎に角、数こなさんと」

そう言いつつも、でも焦る必要はない、と付け加えてくれる。リムレスの眼鏡の向こう側から微笑ってくれるのが、こんなに安心できるなんて、不思議だなあと思った。別に、全ての先生に反抗するとかそういう気持ちはないけれど、やっぱり授業の進め方とか、話の仕方とかで、「この先生の授業は好き」とか「この先生の話は苦手だなあ」というのは出てきてしまう。勿論、科目そのものの得手不得手にもよるので、一概に先生の所為とは言えないけれど、崎谷先生の場合は、沙耶が苦手な数学の補習を、こんなに嫌な気持ちなく進めてくれるので、それはちょっとした発見だった。

クラスで授業を受けるときとはちょっと違う、なんと言うか、先生に任せていたら、ちゃんと分かるようになるんじゃないかっていう、安心感がある。

「よし。今日はここまでにしとこう。明日もう一日、頑張ろうな。家で問題集を十ページやってくること。計算はちゃんと見直すこと」

「ハイ」

返事をして、教科書やノートを鞄に仕舞う。崎谷先生が、教材を脇に抱えて教室を出て行こうとしていた。沙耶が席を立って、ありがとうございました、と言うと、先生は扉のところで振り向いて微笑ってちょっと手を上げてくれた。

二年生になって一ヶ月。新しいクラスと担任の先生に少し緊張していたけど、優斗も同じクラスだったし、担任の先生がこんなに面倒見のいい先生で、良かった。新年度早々の、ちょっとしたラッキーに、沙耶は嬉しくなっていた。